逮捕許諾請求
逮捕許諾決議(たいほきょだくけつぎ)とは逮捕を許諾する決議のこと。
概要
日本では国会議員に不逮捕特権が認められており、国会議員を現行犯以外で国会の会期中(参議院議員は例外的に参議院の緊急集会も含む)に逮捕をする場合は、所属議院の許諾が必要である。司法官憲が議院に逮捕許諾請求をして、所属議院において逮捕許諾決議案が可決された場合、会期中の国会議員を逮捕できる(日本国憲法第50条、国会法第33条、第34条)。
司法当局が逮捕状発付相当と判断した場合、内閣に逮捕許諾請求書を提出する。閣議決定を経て所属議院に許諾を求め、議院運営委員会[1](秘密会[2])で審査し採決する。その後で本会議で議決となる。なお、国会議員が関わる疑獄事件では、国会会期中の場合は1960年代から1990年代頃までは逮捕許諾請求をせず、在宅起訴または閉会を待ってから逮捕をするのが一般的であった(なお、国会議員の令状逮捕においては検察は指揮権を持つ法務大臣に対して事前報告をする慣例になっている)。これは、所属議院への許諾請求の際、議院運営委員会委員に対して捜査状況等の説明を求められる[2](すなわち司法当局が法務大臣だけでなく政界に対して手の内を明かすことになる)ことや、司法当局の手の内を知った政治家が政界人である法務大臣に対して指揮権発動を促すなどの政治介入を司法当局が嫌ったためとされる。1994年3月のゼネコン汚職では、中村喜四郎が東京地検特捜部による任意取調を拒否したため、逮捕許諾請求の扱となった。
なお、逮捕の許諾については、これに条件・期限を付けることができるとする積極説と条件・期限を付けることができないとする消極説が対立する[3]。衆議院において許諾に期限を付した例(昭和29年2月23日)があるが、この案件で東京地裁は決定において許諾があるならば無条件でなすべきものとしてこの期限を認めなかった(東京地決昭和29年3月6日)[4][3]。
逮捕許諾決議の例
日本国憲法下での国会本会議における逮捕許諾に関する決議が議院運営委員会で可決された例は20例、本会議で採決された例は18例、許諾例は16例である。
年月日 | 議院 | 議員 | 容疑 | 採決 | 可 | 否 | 票差 | 備考 |
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1948年(昭和23年)1月30日 | 衆議院 | 原侑 | 詐欺 | 撤回 | - | - | - | 本会議採決前に議員辞職 無罪 |
1948年(昭和23年)11月12日 | 参議院 | 玉屋喜章 | 業務上横領 | 許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 無罪 |
1948年(昭和23年)12月6日 | 衆議院 | 芦田均 | 収賄 (昭和電工事件) |
許諾 | 140 | 120 | 20 | 無罪 |
1948年(昭和23年)12月6日 | 衆議院 | 北浦圭太郎 | 贈賄 (昭和電工事件) |
許諾 | 140 | 120 | 20 | 死亡で公訴棄却 |
1948年(昭和23年)12月6日 | 衆議院 | 川橋豊治郎 | 贈賄 (昭和電工事件) |
許諾 | 140 | 120 | 20 | 無罪 |
1948年(昭和23年)12月12日 | 衆議院 | 田中角栄 | 収賄 (炭鉱国管疑獄) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 無罪 |
1954年(昭和29年)2月23日 | 衆議院 | 有田二郎 | 贈賄 (造船疑獄) |
許諾[5] | 209 | 204 | 5 | 懲役2年執行猶予3年 |
1954年(昭和29年)4月1日 | 衆議院 | 藤田義光 | 収賄 (陸運汚職) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 無罪 |
1954年(昭和29年)4月13日 | 衆議院 | 関谷勝利 | 収賄 (造船疑獄) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役1年執行猶予2年 |
1954年(昭和29年)4月13日 | 衆議院 | 岡田五郎 | 収賄 (造船疑獄) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役10ヶ月執行猶予2年 |
1954年(昭和29年)4月15日 | 参議院 | 加藤武徳 | 収賄 (造船疑獄) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 無罪 |
1954年(昭和29年)4月24日 | 衆議院 | 荒木万寿夫 | 収賄 (造船疑獄) |
不許諾 | 187 | 216 | 29 | 不起訴 |
1958年(昭和33年)7月1日 | 衆議院 | 高石幸三郎 | 公職選挙法違反 | 不許諾 | 少数 | 多数 | 不明 | 不起訴 |
1967年(昭和42年)12月22日 | 衆議院 | 関谷勝利 | 収賄 (大阪タクシー汚職事件) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 2審有罪 死亡で公訴棄却 |
1994年(平成6年)3月11日 | 衆議院 | 中村喜四郎 | あっせん収賄 (ゼネコン汚職事件) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役1年6ヶ月 |
1995年(平成7年)12月6日 | 衆議院 | 山口敏夫 | 背任 (二信組事件) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役3年6ヶ月 |
1997年(平成9年)1月29日 | 参議院 | 友部達夫 | 詐欺 (オレンジ共済事件) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役10年 |
1998年(平成10年)2月19日[6] | 衆議院 | 新井将敬 | 証券取引法違反 (日興証券利益供与事件) |
撤回 | - | - | - | 本会議採決前に縊死 |
2002年(平成14年)6月19日 | 衆議院 | 鈴木宗男 | 収賄 (やまりん事件) |
許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役2年 |
2003年(平成15年)3月7日 | 衆議院 | 坂井隆憲 | 政治資金規正法違反 | 許諾 | 多数 | 少数 | 不明 | 懲役2年8ヶ月 |
脚注
- ^ 衆議院委員会先例集 平成4年版 4.7(163) p.183
- ^ a b 衆議院委員会先例集 平成4年版 4.7(164) p.184
- ^ a b 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、199頁
- ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、689-690頁
- ^ 衆議院は1954年3月3日までの期限付の逮捕許諾としたが、先述のように東京地裁は決定においてこの期限を認めなかった(東京地決昭和29年3月6日)。
- ^ 議院運営委員会採決日