木曽川うかい
木曽川うかい(きそがわうかい)とは、愛知県犬山市の木曽川で毎年5月11日から10月15日まで(8月10日を除く)行われる鵜飼である。木曽川鵜飼、犬山鵜飼ともいう。
増水、台風時以外のときは行われる。鵜飼は基本的に夜に行う漁法であるが、木曽川うかいは、夜の鵜飼の他に、昼間に行う鵜飼である「昼鵜飼」を唯一行なっている(毎週火・木・土曜日)。
1300年ほど前から行われており起源は漁としての鵜飼だが、現在は古典漁法を今に伝える観光としての鵜飼である。日本ライン下りを行なっている木曽川観光株式会社が運営する[1]。
漁法
鵜匠(鵜飼漁をする人)の装束は風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑という古式ゆかしいものである。
舟首に篝火を付けた鵜舟に鵜匠が乗り10羽の鵜を手縄をさばき、操り、篝火に集まってきたアユを鵜が次々に捕る。鵜匠と鵜は呼吸の合った動きを見せ、見事に鮎を捕らえてくる。鵜の捕った鮎は鵜匠のより吐き篭に吐かせられる。実際には、鵜の首の紐の巻き加減を調整し、小さいアユはウの胃に入る。鵜は海鵜を使っている。
昼間の鵜飼は、篝火をつけないで行う。アユが寄ってくる光が無いこともあり、アユを捕らえるのは難しい。
観光
- この光景を、観光客は屋形船から眺める事が出来る。木曽川うかいの場合は、以下のように行なわれる。
- 注意:時間は5月~8月の標準。「鈎括弧」内は9・10月、(括弧)内は昼鵜飼の時間
- 18:00「17:30」(11:30) 犬山橋右岸の乗船場より屋形船に乗船。船内で食事及び木曽川を遊覧。
- 19:00「18:30」(12:20) 一旦下船。トイレ休憩。
- 19:30「19:00」(12:40) 再乗船。鵜飼を見物。
- 20:15「19:45」(13:40) 終了。
歴史
- 木曽川での鵜飼の最古の記録は、702年(大宝2年)、美濃国各務郡中里の戸籍「鵜養部目都良売(うかいべめづらめ)」の記述である。この頃には行なわれていたと推測される。
- 犬山で鵜飼が始められたのは、1660年~70年頃、犬山城城主成瀬正親が三河国足助(現豊田市足助)から2人の鵜匠を呼び寄せ、御料鵜飼を行なったことからである。
- 1809年(文化6年)、成瀬正典が隠居の際、殺傷禁令を出す。これにより鵜飼は中止となる。
- 明治時代になると、犬山の鵜飼を復興する運動が始まり、1899年(明治32年)に鵜飼鎌次郎の尽力で岐阜県稲葉郡長良村(現岐阜市、長良川鵜飼)より鵜匠を招き入れ、鵜飼は復活する。鎌次郎の努力も実って1909年(明治42年)には観光鵜飼となり、漁としての鵜飼では中止される満月や水の濁ったときも行うようになる。
脚注
- ^ 各務原市観光案内 木曽川うかい各務原市観光協会