宮崎秀一

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宮崎 秀一(みやざき しゅういち、1949年(昭和24年)8月8日 - )は東京都出身の競馬評論家

来歴

法政大学卒業後、1972年日刊競馬新聞社へ入社。長年編集長・看板評論家を務めた柏木集保よりも1年早い(年齢は柏木が1つ上)。そのため、普段は「柏木」と呼び捨てにしている。

調教内容をベースにした主に穴狙いの予想スタイルで同紙では人気が高く、高額配当的中もしばしばある。2011年末までコラム「穴カルト」を担当。メイン馬柱に掲載されている6人のトラックマンの中で最も長く掲載されていたが、2012年からはスタッフ予想欄に移動した[1]。看板評論家の柏木が1979年からメイン馬柱に載ったのに対し、宮崎はその3年前の1976年から既にメイン馬柱に掲載されていた記録がある[2]。つまり入社からメイン馬柱に名前が掲載されるまでの期間においては柏木よりもずっと早い段階での起用であった。また、一時期は本紙予想を担当していた時期もあった[3]

評論活動以外では土曜日の『中央競馬ワイド中継』(関東独立UHF放送局)に出演。1998年6月13日以前は「宮崎秀一の注目馬」で日曜日の注目馬をピックアップしたが、同年6月20日からパドック解説のほか、メインレース展望と「明日の重賞レース展望」の調教解説も務めていた。日曜日は「中央競馬実況中継」(ラジオたんぱ→ラジオNIKKEI第1放送)で、第8レースから第10レースまでのパドック解説を担当してきた。『ワイド中継』終了後はラジオNIKKEIの放送に専念し、土日とも第6レースから第8レースまでのパドック解説、また日曜第1レース発走前『宮崎秀一の展望コーナー』でメインレースの展望を行った。

2020年令和2年)12月31日付で日刊競馬新聞社を退職したため、ラジオNIKKEIへの出演は同年12月27日有馬記念当日が最後となった。

出演番組

過去

主な的中例

脚注

  1. ^ 尚、2012年より宮崎の交代でメイン馬柱を担当することになったのは小木曽大祐。小木曽はこれが初めてのメイン馬柱予想ではなく、2008年以来の復帰となる。
  2. ^ 日刊競馬
  3. ^ 日刊競馬
  4. ^ 石原李夏のTwitter - 2020年2月22日投稿。

関連項目