女性ジャーナリストレイプ事件

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女性ジャーナリストレイプ事件(じょせいジャーナリストレイプじけん)は、2015年にフリージャーナリスト伊藤詩織(当時26歳)が元TBSテレビ報道局記者の山口敬之(当時48歳)から準強姦(心神喪失・抗拒不能に乗じ、又は心神喪失・抗拒不能にさせての性交)の被害を受けた事件である。

伊藤は事件後に被害届を提出し逮捕状が発令されたものの、逮捕は執行されなかった[1]。検察は数か月の捜査を経たのち不起訴とし、2017年に検察審査会も不起訴相当の判断をしてこれが確定した。これを不服として伊藤は同年5月に司法記者クラブで会見を行い、ついで10月には事件に関する自著『BlackBox』を執筆して滞日外国人プレス(日本外国特派員協会)の場で発表した。

2022年7月8日、最高裁で「山口氏が同意なく性行為に及んだ」と認定され、山口から伊藤への約332万円の賠償が確定した[2]

背景

伊藤が山口の知己を得たのは、2013年秋頃(地裁資料によれば12月)。当時ジャーナリズムを学ぶためにニューヨークに留学中の伊藤(当時24歳)は、TBSワシントン支局長の山口と出会った[3][4]。山口はキャバクラのホステス役の伊藤に会ったとするが、伊藤はピアノバー英語版のバイトだったとしている[5][4]

伊藤はメールで山口のアドバイスを受け、大学卒業後の2014年9月に日本テレビニューヨーク支部とインターン契約するが、勉学と仕事の両立でバイトの余裕がなくなり生活が成り立たなくなり、いったんニューヨーク滞在を断念[4]。2015年2月、ロイター社の東京支部のインターンとなる。初2か月は無休、3カ月目から給料がおりるということだった[4]。だが、ロイターでの仕事はどうしても3分枠に限られ、長編映像を製作したいという思いから、見切りをつけフリージャーナリストに転身を考えた[4][注 1]。しかし、またひとつの選択肢として、ニューヨークでの再就職もありうると思い、3月にその旨を山口に打診した[4]

山口は伊藤のメール直後に文春記事の件で日本の本社に呼び出され、一時帰国することになった。事件当日の2015年4月3日、恵比寿で飲食を共にした。行きつけの串カツ屋で待ち合わせ、その後近くの寿司屋に移動し、事件に至った[4]

経過

伊藤は、4月9日に警察に行き被害を訴え、4月30日に準強姦罪で高輪署が被害届を受理した[4][5][6]

その後、伊藤と山口をホテルまで載せたタクシー運転手の証言、ホテルのベルボーイの証言、ホテルの防犯カメラの画像などが揃ったことで、逮捕状発行の要件が整った[6]。タクシーの運転手は伊藤と山口の2名を拾い、伊藤は駅で降りることを要求したが、山口が停泊していたシェラトン都ホテル東京ホテルに送ったと警察の聴取に対し証言している[3]。ホテルの防犯カメラには、4月3日当日の23時20分頃、伊藤が山口に支えられロビーを移動する様子が捉えられている[3]

2015年6月5日、成田空港で帰国する山口を逮捕する段取りとなっていたが、警視庁からの電話でその逮捕は取り消しとなった[1][3]。空港にいた捜査官から「今、目の前を山口が通過していきましたが、上からの指示があり、逮捕をすることはできませんでした。私も捜査を離れます」という連絡を受けた、と伊藤はしている[6][7]。この上からというのは、当時の警視庁刑事部長中村格のことと解釈される[7]。中村は、逮捕状の執行差止が自分の判断で行われたと(『週刊新潮』上で)認めている[6][1][3][注 2]

山口に対しては家宅捜索が執行され、パソコンもタブレット類も押収されたこと、山口への聴取が行われたこと、ポリグラフにかけられたが反応がなかったこと等の捜査情報が捜査側から伊藤に共有されていて、伊藤の著書に記載されている[8]デートレイプドラッグについては、告訴後に警察から成分検査を受けなかったと伊藤はしており、また、いずれにせよドラッグは接種時点から遅くとも数日以内でないと(尿検査の場合)検出不能であったため、証拠はなかった[9][10][注 3]

2015年8月に山口は書類送検されたが、2016年7月22日に嫌疑不十分で不起訴処分となった[5][注 4]。伊藤はそれを不服とし検察審査会に審査を申し立てたものの、2017年9月に東京第6検察審査会は不起訴を覆すだけの理由がないとしてやはり不起訴相当とした[12]

検察審査会による不起訴確定を受けた2017年5月、伊藤は司法記者クラブの会見で本事件を公表した[12][13]。2017年9月28日、伊藤は山口に対して「望まない性行為で精神的苦痛を受けた」として1100万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起した[12]。2017年10月に告発本『Blackbox』を出版し、日本外国特派員協会で会見を行った。

告発された山口は10月26日発売の月刊誌『Hanada』誌上にて手記「私を訴えた伊藤詩織さんへ」を発表して伊藤の主張を全面的に否定し、2月に「伊藤さんの記者会見での発言などで社会的信用を奪われた」と主張して慰謝料1億3000万円と謝罪広告の掲載を求めて反訴した。山口は手記で、「もしあなたが民事訴訟に打って出なければ、私はこれ以上の議論をしないつもりでいました。それは、これまで沈黙を守ってきた判断と同様に、傷ついているように見えるあなたがさらに傷つく危険性があると判断したからです。しかし、あなたがあえて「不法行為があった」との主張を民事訴訟の場で繰り返すのであれば、無関係な他者を巻き込んで騒動を継続しようとするならば、私は自らの主張の中身を公表せざるを得ません。それは「あなたの主張が事実と異なっている」ことを示すことを一義的な目的としますが、そのために「全く根拠がないことを事実だと思い込むあなた特有の傾向」まで指摘することになります。残念ですが、あなたが選んだ道ですから、冷静かつ論理的に、私の主張の一部をここに示すこととします」と述べた。

2019年12月18日、東京地裁は伊藤の請求を認めて330万円の支払いを山口に命じ、山口の反訴は「名誉毀損には当たらない」と請求を棄却した。判決後、山口は「なぜ伊藤さんがこれだけの嘘を言っているか分かりません」とコメントし、2020年1月6日に地裁判決を不服として東京高等裁判所控訴した。また山口は控訴直前の2019年12月20日に虚偽告訴等罪名誉毀損罪で伊藤を告訴した告訴状が警察に受理されたと発表した。

2022年7月8日、最高裁で「山口氏が同意なく性行為に及んだ」と認定され、山口から伊藤への約332万円の賠償が確定した[14]

注釈

  1. ^ その後、実際にフリージャーナリストになって2016年製作した作品が受賞している[4]
  2. ^ 中村格は、逮捕状を握りつぶした件に関して、「捜査の指揮として当然だ」と主張し、安倍首相や菅長官に忖度したかとの問いにはこれを否定している[6]
  3. ^ 伊藤は、当時はデートレイプドラッグはすぐに体外に排出されるものと考えていたので、尿検査は受けなかったとする[11]
  4. ^ ニューヨークタイムズ誌の報道では、安倍首相の伝記作家でもあるジャーナリスト"Noriyuki Yamaguchi" が容疑を否定し、"2か月の捜査後、検察が立件を断念した after a two-month investigation, prosecutors dropped the case"としている[3]

脚注

  1. ^ a b c レジス・アルノー「日本は、なぜ「性暴力被害者」に冷たいのか: 伊藤詩織氏の主張は軽視できない」『東洋経済オンライン』、2017年12月14日。
  2. ^ 伊藤詩織さんの性被害、元TBS記者への賠償命令が確定 最高裁決定”. 朝日新聞DIGITAL (2022年7月8日). 2022年7月9日閲覧。
  3. ^ a b c d e f Rich, Motoko (2017年12月29日). “She Broke Japan’s Silence on Rape”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2017/12/29/world/asia/japan-rape.html 
  4. ^ a b c d e f g h i 鈴木正文伊藤詩織さんにインタビュー──たたかいはつづく【前編】」『GQ Japan』2018年6月23日。 
  5. ^ a b c 出口絢 (2019年7月12日). “「伊藤さんから積極的に誘ってきた」山口敬之さん、伊藤詩織さんの主張に反論”. 弁護士ドットコム. 2022年10月27日閲覧。
  6. ^ a b c d e ついに女性が顔出し会見で告発! 検察審査会が動き出す総理ベッタリ記者の「準強姦」(下)」『デイリー新潮』、2017年6月9日。
  7. ^ a b 『Blackbox』、p. 142[?]
  8. ^ 『Blackbox』、p. 146
  9. ^ McCurry, Justin (2017年12月28日). “Shiori Ito, symbol of Japan's MeToo movement, wins rape lawsuit damages”. The Guardian. https://www.theguardian.com/world/2019/dec/18/shiori-ito-symbol-of-japans-metoo-movement-wins-lawsuit-damages 
  10. ^ 望月衣塑子「伊藤詩織さんはデートレイプドラッグを飲まされたのか? 記者・望月衣塑子が”名誉毀損判決”について思うこと」『』文化放送、2022年2月10日。
  11. ^ 『Blackbox』(要確認)
  12. ^ a b c 「私は、被害者Aではない。伊藤詩織です」元TBS記者のレイプ疑惑を顔出しで公表した理由: 「被害者の女性にも悪いところがある」性暴力への偏見は根強い。」『GQ Japan』、2017年10月17日。 (更新 2017年10月20日 JST)
  13. ^ 元TBSワシントン支局長を性犯罪被害で告発した女性が顔を隠さずに会見」『スポーツ報知』、2017年5月29日。オリジナルの2017年6月2日時点におけるアーカイブ。
  14. ^ 伊藤詩織さんの性被害、元TBS記者への賠償命令が確定 最高裁決定”. 朝日新聞DIGITAL (2022年7月8日). 2022年7月9日閲覧。