加藤光男
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名前 | ||||||
カタカナ | カトウ ミツオ | |||||
ラテン文字 | KATO MITSUO | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | 日本 | |||||
生年月日 | 1979年5月21日(44歳) | |||||
出身地 | 千葉県 | |||||
監督歴 | ||||||
年 | チーム | |||||
2021 | ネイビーFC | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
加藤 光男(かとう みつお、1979年5月21日 - )は、千葉県出身のサッカー指導者。父親は日本代表やタイ代表などでGKコーチを務めた加藤好男。
来歴
國學院久我山高校や國學院大學でサッカー歴があるがプロのサッカー選手にはならず、大学卒業後に大手不動産会社に就職[1]。しかし後に退職してサッカー指導者の道に進み、早稲田大学ア式蹴球部やFELICE FC浦安のコーチを務める。
2012年、ヴィタヤ・ラオハクルに誘われ、タイのチョンブリーFCのアシスタントコーチに就任[1]。父好男もGKコーチを務めており、親子でヴィタヤおよび和田昌裕両監督のもとで仕事をした。
2015年、和田が監督に就任した京都サンガF.C.の分析兼フィジカルコーチに就任[2]。2016年と2017年は分析担当スタッフを務めた。
2018年にタイに戻ってノーンブワ・ピッチャヤFCのコーチを務め、翌2019年はサムットプラーカーン・シティFCでコーチを務めた[3][4]。
2019年1月28日、チョンブリー県で開催されたAFCプロフェッショナル・コーチング・ディプロマの講習会に参加。この講習会には他に村山哲也、薛琦鉉、金南一らが参加した[5]。
2021年4月29日、タイ・リーグ2のネイビーFC監督に就任[6][3]。しかし、リーグ開幕から5試合で1分4敗と不振を極め、9月30日に辞任[7]。
学歴
指導歴
- 2008年 - 2011年 早稲田大学ア式蹴球部コーチ
- 2011年 - 2012年 FELICE FC浦安コーチ
- 2012年 - 2014年 チョンブリーFC アシスタントコーチ
- 2015年 - 2017年 京都サンガF.C.
- 2015年 分析兼フィジカルコーチ
- 2016年 - 2017年 アナライジング(分析担当)
- 2018年 ノーンブワ・ピッチャヤFC コーチ
- 2019年 サムットプラーカーン・シティFC コーチ
- 2021年 ネイビーFC 監督
脚注
- ^ a b 本多辰成 (2013年11月27日). “チョンブリーFCを支える「六人の侍」3/加藤光男(アシスタントコーチ)”. ANNGLE. 2020年1月31日閲覧。
- ^ “加藤 光男氏 トップチーム分析兼フィジカルコーチ就任のお知らせ”. 京都サンガF.C. (2015年1月8日). 2020年1月31日閲覧。
- ^ a b “加藤光男氏がタイリーグ2部のネイビーFC監督に就任”. サッカーキング (2021年4月30日). 2021年5月22日閲覧。
- ^ 飯尾篤史 (2020年1月27日). “タイ1部監督・石井正忠に聞く、前編。日本人指導者への期待と現地事情。”. Number. 2020年1月31日閲覧。
- ^ “สมาคมฯ จัดอบรมโค้ชหลักสูตร โปร ไลเซนส์ รุ่นที่ 2 ณ จังหวัดชลบุรี” (タイ語). タイサッカー協会 (2019年1月28日). 2020年1月31日閲覧。
- ^ “ราชนาวีตั้ง 'มิซึโอะ' นั่งกุนซือคนใหม่” (タイ語). タイ・リーグ (2021年4月29日). 2021年5月22日閲覧。
- ^ “ราชนาวี แยกทาง "คัตโตะ" ตั้ง "โค้ชหนุ่ย" คัมแบ็กคุมทัพอีกคำรบ” (タイ語). SMMSPORT (2021年9月30日). 2021年9月30日閲覧。