出生前診断

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出生前診断(しゅっせいぜんしんだん、またはしゅっしょうぜんしんだん)とは、胎児の異常の有無の判定を目的として、妊娠中に実施する一群の検査のこと。広義では文字通り「出産までに行う検査および診断」であり、狭義では「異常が疑われる妊娠に対し出産前に行う検査および診断」を指す。

目的

医療行為は診断(評価、assessment)と治療(介入、plan)から成り、この二者が反復される。胎児を対象とした医療にも出生前診断(胎児診断)と胎児治療の2つがある。

出生前診断の目的にはいくつかある。第1に妊娠の診断、すなわち胎児が存在しているか、生存しているかの判断である。第2に胎児の位置(胎位)や向き(胎向)、あるいは胎児環境が危険なものでないか(たとえば前置胎盤や常位胎盤早期剥離など)の評価である。これらは安全な妊娠分娩を迎えるために重要な診断となる。

第3に、その時点における胎児の状態評価、すなわち元気でいるか、well-beingでいるかの判断で、特に胎児に大きなストレスがかかる分娩進行時の評価が重要となる。この場合刻一刻と胎児の状態は変化していくので、連続的な生体モニタリングが理想的である。

第4に、胎児に先天異常や遺伝疾患を含めた何らかの「異常」がないかの評価である。WHOによると出生時の4-5%に何らかの生まれつきの疾病をもつとされているが、出生前診断で同定可能なのはその中の半分強とされている。この胎児異常の有無を評価することを「狭義」の出生前診断とすることもある。

歴史

レントゲン撮影の実用化の直後から、妊婦の腹部を撮影して胎児の骨格を描出することは行われていた。1970年代に超音波断層法が医療現場に普及してからは、出生前診断において超音波検査が非常に大きな役割を果たすようになった。胎児の形態と行動をリアルタイムに観察できるだけでなく、ドプラ法、Mモード法、カラーフローマッピング法といった技術の進歩によって、循環系、代謝系といった生体機能の評価も行われている。

出生前診断のもうひとつの大きな部分を占める胎児検体の解析は、これも1970年代に大きく普及した羊水検査から始まる。羊水中にわずかに浮遊する胎児由来細胞(多くは胎児皮膚からの線維芽細胞)を集め培養することにより、胎児の染色体解析を初め、酵素活性などを測定できるようになったのである。その後の超音波断層法の発展により、侵襲的検査と呼ばれる絨毛生検、胎児採血、組織生検といった手技が開発され、今では胎児からさまざまな種類の生体サンプルが採取可能となった。

検査方法

最も一般的なものはエコー(超音波検査)や胎児心音測定で、産科医にかかっていれば必ず受ける検査である。妊娠10 - 14週で調べる胎児の項部浮腫(NT)などは胎児の染色体異常等の目安とされ、超音波検査装置の性能の向上と共に、胎児の障害が超音波検査で判明する頻度は高くなっている。

胎児超音波検査

胎児超音波検査には、胎児の発育や胎盤、羊水量をみる一般検査、nuchal translucency(NT)などにより病気のリスクを評価するスクリーニング検査、頭部や心などの病気を調べる精密検査という3つのレベルがある。

たとえば妊娠12週で胎児の超音波像を描出するとする。通常の検査(一般検査)では心拍、胎動の有無や、胎齢確認のための頭臀長(CRL)を計測することが主な目的となる。同時にまったく同じこの画像から、胎児の後頚部の浮腫(NT)を計測して染色体異常のリスクを推定するスクリーニング検査を行うことも可能である。さらにもし胎児の腹部に臍帯ヘルニアを思わせる膨らみが観察されれば、生理的臍帯ヘルニアは妊娠10-11週くらいまでしか認められないという専門的な知識があって、初めてこれが胎児異常であるという判断が可能になる。

同じ時期の同じ超音波断層法を用いても、どのレベルまで診断しようとするか、発生学、遺伝学、超音波医学にどこまで専門的な知識をもっているかによって、「診断」の意義は大きく変わってくる。目的と性格の違う3つの検査がごっちゃになって一連のものとして行われているところに胎児超音波検査の問題があると考えられる。

超音波検査で胎児異常を診断する目的には以下の3つがある。ひとつめは胎児に直接治療を行い、胎児を救命したり重篤な障害が残らないようにするためである。たとえば双胎間輸血症候群に対する胎児鏡下レーザー手術(FLP)や無心体双胎に対する超音波ガイド下ラジオ波焼灼術などが上げられる。ふたつめとしては分娩の方法を決めたり、児の出生後に治療の準備をするための目的である。上であげた臍帯ヘルニアなど多くの胎児奇形が対象となる。みっつめは妊娠を継続するか否かの決断を行うための情報を両親に提供するためである。ただしこの場合は妊娠22週未満であることが最低限の条件となる。

エコー(超音波検査)は、通常の妊婦検診で実施される。それにより、胎児の染色体異常の可能性もある程度分かる。しかし、出生前診断になるという認識は薄く、半数の産婦人科医が、夫婦の同意を取らずに検査しているという。そこで日本産婦人科学会は、出生前診断になり得ると位置づける指針案をまとめた。エコーで染色体異常の可能性が指摘された場合において、最終的に異常だった確率は数%から30%程度とされている。

異常が疑われる場合の検査

高齢出産など異常が発生する確率の高い妊娠においては、その代表的な検査にトリプル(あるいはクワドロ)マーカーテスト(en:Triple test)、羊水検査絨毛検査などがある。義務ではなく、あくまでも妊婦側の意向で行う。

トリプルマーカーテストとは14 - 18週で妊婦から採血した血液の成分を調べる検査である。胎児に影響はなく母体への負担も軽いという利点がある一方、羊水検査に比べ正確性に劣る。トリプルマーカーで陽性結果が出た場合は羊水検査を薦められる。

羊水検査は15 - 18週に採取した羊水に含まれる代謝産物、あるいは浮遊する細胞の染色体遺伝子を検査して、胎児の遺伝病、代謝疾患、染色体異常などを調べる。国内では年間約10,000例実施されている。1/200 - 1/300の確率で流産を起こすこと、胎児に異常が見つかった場合、大きく育った胎児の人工妊娠中絶につながる場合が多い、などの問題点がある。

絨毛検査は日本では比較的稀である。羊水検査より早い10 - 11週で検査ができるため、もし異常が見つかった場合の人工妊娠中絶の負担は軽くなるが、羊水検査より流産の可能性が高いというデメリットもある。

生命倫理

出生前診断の結果に基づく人工妊娠中絶には、優生学的な生命の選別に当たるなどの生命倫理学的な問題があるとの意見がある。これは医学の発達とともに、検査の精度が高まり検査実施時期が早まったことで、比較的高い確率で出産前に胎児の異常を発見することが可能になった。それゆえに障害児を産み一生育てるという立場に置かれた女性の中絶を選択する権利と、障害を持つ物言わぬ子どもの生きる権利が対峙している。

関連項目

外部リンク