ルクレティアの自害 (デューラー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Gahukuro (会話 | 投稿記録) による 2021年8月17日 (火) 20:03個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (カテゴリ追加)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

『ルクレティアの自害』
英語: The Suicide of Lucretia
作者アルブレヒト・デューラー
製作年1518年
種類板上に油彩
寸法168 cm × 75 cm (66 in × 30 in)
所蔵アルテ・ピナコテークミュンヘン

ルクレティアの自害』(ルクレティアのじがい、英: The Suicide of Lucretia)は、アルブレヒト・デューラーにより署名された、1518年制作の油彩板絵である。ミュンヘンアルテ・ピナコテークに所蔵されている。

ルキウス・タルクィニウス・コッラティヌスの妻であり、古代ローマのヒロインであるルクレティア(紀元前510年ごろ没)は、縦長で、横幅の狭い画面に表わされている。ルクレティアは従弟のセクストゥス・タルクィニウスに強姦されたが、恥辱と向き合うよりは自殺行為を選んだ[1]。ルクレティアは、強姦された場となった既婚者用寝台の置かれた、狭苦しく、強い光に照らされた部屋に立っており、あたかも神々に自分の自殺に立ち会うことを求めているかのように上方を見つめている[2]。刀を腹部に刺そうとしながら、顔には不名誉に苦しむ感情が表現されている。インクで紙に描かれた同構図の準備習作がウィーンアルベルティーナ美術館[3] に所蔵されている。

ルクレツィアの傷は、1508年の習作のように腹部の中心ではなく、右胸の下にあり、槍によってキリストが受けた傷と同じ位置にある。当時の同様の絵画に通常見られるベッドシーツに飛散した血痕は見られず、美術批評家は、本作において自殺行為がいかに血が流されずに行われているかについて言及している。しかし、絵画は繊細に描かれている。筆致は特に詳細に布地を表しており、作品はさまざまな赤、青、緑の顔料で制作されている。なお、ルクレティアの腰の周りの白い布地は、1600年ごろに後から描き加えられたものである。

批評

美術史家は本作をデューラーの最高傑作のうちの一点とは見なさない傾向があり、ルーカス・クラナッハ(父)による同様の作品より低く評価されることが多い。美術史家は、デューラーの作品を正統的な主題の解釈をしているのではないと見なしている。作品は、むしろ内面的な解釈をしているもので、死に直面することに関心が向いているものだと見なしている。1959年から1960年の間に、アルベルト・ジャコメッティは、紙にボールペンを使用してデューラーのルクレティアに倣ったスケッチを仕上げた[4]

ルクレティアの顔には理想化の傾向が見られるが、概ね現実の女性として提示されている。その表現は、1508年の素描とほぼ同じであるが、同時代のルクレティアの描写に通常見いだされる受動性、純潔性、狡猾な流し目は表現されておらず、作品の解釈は困難である[5]。ルクレティアは記念碑的な彫像のようなポーズを取っているが、マドリードプラド美術館にあるデューラーの『アダムとイヴ』(1507年) に見られる異教的な官能性の感覚は表現されていない[6]。批評家は、ルクレティアの不機嫌な表情、不自然に長いプロポーション、そして落ち着きの悪いコントラポストのポーズについて批判している[7]。本作はデューラーの最も人気のない作品のうちの一点として解説されており、マックス・フリートレンダーやエルヴィン・パノフスキーを含む多くの美術史家が「厳めしさとぎこちなさ」などの見かけの特質について批判的言及をしている[8][9]。美術史家のフェジャ・アンゼレウスキーは、本作のルクレティアのことを「古典的な女性像の高貴さではない、パロディー」と表現した[10]

フェミニストの学者であるリンダ・ハルツは、「ルクレティアの自殺の身振りには機械的な性質がある。それは顔の表情とは関係なく機能しているようであり、奇妙なことに背中の後ろにあるもう一方の腕の助けは必要としていないようだ」と述べている[11]

関連作品

脚注

  1. ^ Alte Pinakothek Munich: An explanatory guide to the Alte Pinakothek. Munich: Bruckmann, 1992. 101-102. ISBN 978-3-7654-2454-0
  2. ^ Hults, 218
  3. ^ Bubenik, x
  4. ^ Carluccio, Luigi. "Giacometti: A Sketchbook of Interpretive Drawing". New York: H.N. Abrams, 1967. 68
  5. ^ Hults, 226
  6. ^ Sander, 206
  7. ^ Hults, 209
  8. ^ Hults, 208
  9. ^ Panofsky, 121, 201
  10. ^ Tsaneva, Maria. Durer: 201 Paintings and Drawings. Lulu, 2014
  11. ^ Hults, 205

出典

  • Bubenik, Andrea. Reframing Albrecht Dürer: The Appropriation of Art, 1528-1700. Routledge, 2013. ISBN 978-1-4094-3847-2
  • Hults, Linda. "Dürer's "Lucretia": Speaking the Silence of Women". Signs, Volume 16, No. 2, Winter, 1991
  • Panofsky, Erwin. The Life and Art of Albrecht Dürer. Princeton University Press, 1945
  • Sander, Jochen. "Dürer in Frankfurt". In: Dürer: His Art in Context. Frankfurt: Städel Museum & Prestel, 2013. ISBN 3-7913-5317-9