ルキウス・タルクィニウス・コッラティヌス
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ルキウス・タルキニウス・コッラティヌス(ラテン語: Lucius Tarquinius Collatinus, 生没年不明)は、紀元前6世紀頃の共和政ローマの人物。ルキウス・ユニウス・ブルトゥスとともに、共和政最初期のコンスルを務めた。
ローマの最後の王タルクィニウス・スペルブスの一族がコラッティヌスの妻ルクレティアを暴行し、妻が自殺してしまう。そして、それがもとで友人ルキウス・ユニウス・ブルトゥスとともに王に反旗をひるがえす。そしてタルキニウスの一族は追放され、ブルトゥスは共和政を開始し、プラエトルという職務を設置、定員を2人とする。コッラティヌスはブルトゥスとともに初代プラエトル(後年プラエトルの職務がコンスルへと移ったので、実質上はコンスルとして考える)として就任した。