マリー・ゾフィー・フォン・デア・プファルツ

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マリア・ソフィア王妃

マリー・ゾフィー・フォン・デア・プファルツ(Marie Sophie von der Pfalz, 1666年8月6日 - 1699年8月4日)は、ポルトガルペドロ2世の2度目の王妃。ポルトガル語名はマリア・ソフィア(Maria Sofia)。プファルツ選帝侯フィリップ・ヴィルヘルムヘッセン=ダルムシュタット方伯ゲオルク2世の娘エリーザベト・アマーリアの次女(第4子)。ヴィッテルスバッハ家プファルツ=ノイブルク家)出身。兄にプファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムカール3世フィリップ、姉に神聖ローマ皇帝レオポルト1世エレオノーレ・マグダレーネ、妹にスペインカルロス2世マリア・アンナパルマ公子オドアルド2世ドロテア・ゾフィーがいる。

1687年、寡夫になっていたペドロ2世と結婚、7子が生まれた。

  • ジョアン(1688年)
  • ジョアン5世(1689年 - 1750年)
  • フランシスコ(1691年 - 1742年) - ベージャ公
  • アントニオ(1695年 - 1757年)
  • テレサ(1696年 - 1704年)
  • マヌエル(1697年 - 1736年) - オウレン伯
  • フランシスカ・ホセファ(1699年 - 1736年)

1699年、リスボン丹毒により死去した。