エレオノーレ・マグダレーネ・フォン・プファルツ=ノイブルク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
皇后エレオノーレ・マグダレーネ

エレオノーレ・マグダレーネ・テレーゼ・フォン・プファルツ=ノイブルクまたはフォン・デア・プファルツ(Eleonore Magdalene Therese von Pfalz-Neuburg (von der Pfalz), 1655年1月6日 - 1720年1月19日)は、神聖ローマ皇帝レオポルト1世の皇后。プファルツ選帝侯(元はプファルツ=ノイブルク公フィリップ・ヴィルヘルムの長女。母はヘッセン=ダルムシュタット方伯ゲオルク2世の娘エリーザベト・アマーリア。弟にプファルツ選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムカール3世フィリップ、妹にポルトガルペドロ2世の妃マリア・ソフィアスペインカルロス2世の妃マリア・アンナパルマ公子オドアルド2世ドロテア・ゾフィーらがいる。

1676年にレオポルト1世と結婚した。レオポルト1世にとっては3人目の妻である。2人の先妻との間に生まれた男子は全て夭折したが、エレオノーレとの間には10人もの子に恵まれ、うちヨーゼフカールが相次いで帝位を継承した。しかし、この息子2人の代でオーストリア・ハプスブルク家の男系男子は絶えてしまうことになる。

子女[編集]

関連項目[編集]