マフムード・ダルウィーシュ

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マフムード・ダルウィーシュ

マフムード・ダルウィーシュアラビア語: محمود درويش‎、Mahmoud Darwish、1941年3月13日 - 2008年8月9日)はパレスチナを代表する詩人パレスチナの独立宣言の起草者であり、パレスチナ人をめぐる抑圧や不安、そして抵抗を託した彼の詩は多くの人に愛され、ヘブライ語、日本語を含む22の言語に翻訳された。

生涯

元々はイスラエル共産党の活動家だったが[1]ソビエト連邦モスクワ大学への留学[2][3]の後にレバノンに渡ってパレスチナ解放機構に入り、執行委員会のメンバーとなった[4]。心臓疾患の治療の為渡米。手術後の合併症により死去した。最期の居住地となったラマッラーではアラファート議長以来、パレスチナ史上2人目となる国葬が行われ、アッバース大統領は3日間の服を決定した。

作品

受賞歴

出典

  1. ^ Zvi Bar'el, "Palestinians: Mahmoud Darwish to be laid to rest in Israel", Ha'aretz, 10 August 2008.
  2. ^ Salman Masalha. (September 2008). He made a homeland of words Haaretz.
  3. ^ Maya Jaggi, "Profile: Mahmoud Darwish – Poet of the Arab world", The Guardian, 8 June 2002.
  4. ^ Youseff M. Ibrahim, "Palestinian Critics Accuse Arafat Of Secret Concessions to Israelis", New York Times, 25 August 1993, p. 2.

外部リンク