カルシウム・パラドックス

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カルシウム・パラドックス(calcium paradox)とは、元々は1967年にZimmermanらが心筋を潅流(かんりゅう)する実験において、カルシウム欠乏溶液で処理した後にカルシウムを含む溶液に移し変えると、心筋細胞中にカルシウムが流入し心筋が損傷・壊死する不思議な現象に対して名づけた用語である[1]。その後、カルシウム摂取をめぐる逆説的ないくつかの現象(パラドックス)に対して使われている。定義が定まっていないが学術雑誌や専門書等にもしばしば引用される。

概要

カルシウム摂取不足とカルシウム・パラドックス

 カルシウム摂取が不足すると血管等の軟部組織にカルシウムが逆に増え、動脈硬化、糖尿病、高血圧など様々な疾病が起こる現象をカルシウム・パラドックスと呼ぶもの[2]。カルシウム摂取不足により血中カルシウム濃度が低下すると、副甲状腺ホルモンの働きにより骨からカルシウムが溶出し血液中に流入する。このカルシウムが血管へ沈着(動脈石灰化)し動脈硬化を引き起こすと考えられる。骨粗鬆症患者では動脈石灰化症による冠状動脈疾患・心臓病が多くみられることはよく知られており、calcification paradox(石灰化パラドックス)とも呼ばれる[3]

カルシウム摂取過多とカルシウム・パラドックス

カルシウムの摂取量が多い国にの疾患が多いという現象[4]をカルシウム・パラドックスと呼ぶことがある。骨の材料となっているカルシウムを摂取しているにもかかわらず、骨折骨粗鬆症が多いという、逆説的なことが起こっていることから、このように呼ばれている。

スイスバーゼル大学生理学者、グスタフ・フォン・ブンゲ (de:Gustav von Bunge) は、肉を食べると含硫アミノ酸(当時は硫黄と呼ばれた)が硫酸に変化し、体組織を酸性にするのでアルカリ性のミネラルを摂取する必要がある、と主張した[5]。アルカリを欠乏させないことで健康を保つことができるということである[6]。2002年にWHO世界保健機構は、動物性たんぱく質による酸性の負荷は、骨粗鬆症の発症に関してカルシウム摂取量よりも重要な要因ではないか、と報告している[7]。2007年にWHOは、タンパク質中の含硫アミノ酸メチオニンシステインの酸が骨のカルシウムを流出させるため骨の健康に影響を与えるため、カリウムを含む野菜や果物のアルカリ化の効果が少ないときカルシウムを損失させるため骨密度を低下させる、と報告した[8]

2002年のWHOの報告書では、カルシウムの摂取量が多い国に骨折が多いという「カルシウム・パラドックス」の理由として、カルシウムの摂取量よりも、タンパク質によるカルシウムを排出させる酸性の負荷の悪影響のほうが大きいのではないか、と推論されている[9]

ハーバード大学で、栄養学を教えているウォルター・ウィレット教授は、タンパク質を摂取しすぎれば酸を中和するために骨が使われるので骨が弱くなる可能性がある、として注意を促している[10]

一方、カルシウムをサプリメントから摂取すると心臓病などの冠状動脈疾患リスクが高まることも報告されており[11][12]、これをカルシウム・パラドックスと呼ぶこともある[13]

脚注

  1. ^ Piper et al. The calcium paradox revisited: An artifact of great heuristic value. Cardiovascular Research, 45, 123-127 (2000).
  2. ^ Fujita T. Calcium paradox: consequences of calcium deficiency manifested by a wide variety of diseases. J.Bone Miner Metab. 2000;18(4):234-6.
  3. ^ Persy V et al. Vascular calcification and bone disease: the calcification paradox. Trends Mol Med. 2009 Sep;15(9):405-16.
  4. ^ Human Vitamin and Mineral Requirements, joint FAO/WHO expert consultation, 2002, (Chapter 11 Calcium)
  5. ^ 山口迪夫 1989
  6. ^ 辻村卓 1984, p. 79-80.
  7. ^ Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation(2002), Human Vitamin and Mineral Requirements, pp166-167.
  8. ^ Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation(2007) Protein and amino acid requirements in human nutrition, pp224-226. ISBN 978-92-4-120935-9
  9. ^ Human Vitamin and Mineral Requirements, joint FAO/WHO expert consultation, 2002, (Chapter 11 Calcium)
  10. ^ ウォルター C. ウィレット 『太らない、病気にならない、おいしいダイエット-ハーバード大学公式ダイエットガイド』 光文社、2003年5月。174~175頁。ISBN 978-4334973964。(原著 Eat, Drink, and Be Healthy, 2001)
  11. ^ Bolland MJ et al. Calcium supplements with or without vitamin D and risk of cardiovascular events. BMJ. (2011)342:d2040.
  12. ^ Xiao Q et al. Dietary and Supplemental Calcium Intake and Cardiovascular Disease Mortality. JAMA Intern Med. 2013;():1-8. doi:10.1001/jamainternmed.2013.3283.
  13. ^ Rheaume-Bleue Vitamin K2 and the Calcium Paradox

関連項目