LNERクラスA1/A3蒸気機関車

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フライング・スコッツマン、2003年の撮影

LNERクラスA1/A3蒸気機関車は、イギリスの鉄道会社、 ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道 (LNER) の蒸気機関車の形式である。 クラスA1/A3はいずれも、ナイジェル・グレズリーによって設計された軸配置4-6-2パシフィック)の3気筒蒸気機関車である。クラスA3はクラスA1を改良したもので、ほとんどのクラスA1が最終的にA3相当に改造されたため、これらは一連の形式として扱われることが多い。また、クラスA1は量産されたイギリス最初のパシフィック形軸配置の蒸気機関車である。

当初はグレート・ノーザン鉄道 (GNR)が開発、使用した車両であるが、1923年のGNRを含めた鉄道会社のグループ化により誕生したLNERの急行列車として採用された。

グレズリー後任の技師長(Chief Mechanic Engineer:CME)、エドワード・トンプソン (Edward Thompson) のリビルドしたクラスA1/1や、トンプソンの後任のアーサー H. ペパコーン(en:Arthur H. Peppercorn)の手がけた新設計のクラスA1が存在するため、グレズリー(クラス)A1/A3とも呼ばれる。


クラスA1の開発[編集]

GNRクラスA1の開発は、東海岸本線の急行列車牽引に十分な能力を有し、既存の機関車に比べてより経済的に運行可能な機関車を開発することを目的とし、1911年に当時のGNRの技術責任者であった、ナイジェル・グレズリーにより提案された。

この形式は1921年から1934年の間に79両が発注され、1922年4月にはGNRでのクラスA1による最初の営業運転が行なわれた。製造費用の面では、当時ライバルとされたグレート・ウェスタン鉄道 (Great Western Railway : GWR) のキャッスル型の最初の10両が1両当り£6,840で製作されたのに対し、クラスA1の最初の10両は1両当り£8,560となっており当時としては高価な機関車であったと言える。

1923年の大合併を経て、GNRはLNERの一部となり、ナイジェル・グレズリーはLNERの技師長(Chief Mechanic Engineer:CME)となった。 クラスA1は通常のワルシャート式弁装置による左右各1基のシリンダーに加え、それら2基のシリンダーの弁装置から連動てこによって差動合成することで所要のバルブタイミングを生成するグレズリー式連動弁装置と、これによって動作する第3シリンダーを車輪間に持っていた。

各機関車にはその当時の有名な競走馬の名前がつけられた。

クラスA1の登場によりLNERの基幹路線であった東海岸本線の急行列車は一新されることとなった。また、クラスA1の中でも最も有名なNo.4472フライング・スコッツマンは公式に時速100マイル(100mph)を超えた最初の機関車となった[1]

重要な設計上の問題として、潤滑油のパイプの破損が挙げられる。この潤滑油のパイプの交換には、ボイラーを取り外す必要が有り、非常に大規模な手間を要した。

最も大きな問題点は、1925年にGWRのキャッスル型とクラスA1を互いの会社の路線で走行させた比較試験で明らかとなった。この比較の結果、クラスA1よりもコンパクトなキャッスル型(軸配置:4-6-0)が出力及び石炭消費の両面でクラスA1に勝っていることが判明したのである。これにより、キャッスル型の石炭消費が少ないのは、グレート・ウェスタン鉄道が、発熱量の大きいウェールズ炭を使用しているためとしていたLNER側の主張を覆すこととなった。キャッスル型の石炭消費が少ない理由は、その弁装置の設計にあった。キャッスル型の弁装置はクラスA1のそれに比べて、バルブ・トラベルを大きく設計しており、ボイラーから供給される蒸気の膨張を生かし、蒸気の消費量を抑制していた。ナイジェル・グレズリーは過去に自分の設計した機関車で、バルブ・トラベルを大きくしたためにシリンダー破損に至った形式があったことから、比較的小さいバルブ・トラベルでクラスA1の弁装置を設計していたが、キャッスル型での成功を見て、後に設計変更を行なっている。

クラスA3の開発[編集]

一連の問題が解決した後、ナイジェル・グレズリーはクラスA1の改良に取り掛かった。なかでもNo.2555 Centenaryで行なわれたシリンダー直径の減少、ボイラーの高圧化 (180PSIから220PSI) および過熱器の拡大は成功を収めた。この結果を基に新たな機関車としてクラスA3が製造され、既存のクラスA1もそれに順じた改造を受けクラスA3に編入された。クラスA3はLNERの重量級急行列車牽引でクラスA1以上の成功を収めた。No.2750 Papyrusは108mphのイギリス鉄道における速度の新記録を樹立し、流線型のLNER クラスA4への足がかりとなった。

第二次世界大戦が勃発すると、24両編成の貨物列車を東海岸本線で運転することが計画され、クラスA3や改造前のクラスA1がその運用に駆り出された。戦時体制下では整備状態が悪化し、種々のトラブルが発生した。特に、本形式の最大の特徴であったグレズリー式弁装置には不具合が頻発し、これを採用した他形式では戦後通常の2気筒式蒸気機関車あるいはワルシャート式弁装置を3組並べた3気筒式機関車への改造が実施されたものもあるが、本形式とクラスA4については保存車のみとなった現在に至るまでこの特徴的な弁装置が維持されている。

戦後、クラスA3の外観に変更が行なわれた。ドイツタイプのデフレクター(除煙板)が煙室の両側に取り付けられるとともに、1958年から1960年にかけて火室の通気能力増強を図ってダブルチムニー(2本煙突)化が行なわれた。

保存[編集]

No. 4472 Flying Scotsmanは、このクラス唯一の保存車両であり、1963年にはアメリカとオーストラリアで運転され、オーストラリアでは、蒸気機関車による最長無停車運転記録を打ち立てた。

本形式の登場する作品[編集]

イギリスの絵本『汽車のえほん』シリーズにはダブルテンダー仕様の「フライング・スコッツマン」が23巻「機関車のぼうけん」に登場する。また、そのエピソードでの記述から、同シリーズのレギュラーキャラクターであるゴードンが同形式車であり、クルー市でシリーズ中の姿に改造されたという設定になっている。

脚注[編集]

  1. ^ GWRシティ型4-4-0 シティ・オブ・トルーローはもっと早い時期に100mphを超えたことが記録されているが、その速度にいたる過程の記録が無く、検証が不可能である。