Jフォース

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Jフォース(じぇいふぉーす)は、かつて存在した日本のゲームソフトメーカー。社長は秋篠雅弘

概要[編集]

日本テレネットプログラマーウルフチームの代表を務めた秋篠雅弘が設立した。六本木(現在の六本木ヒルズ付近)に本社を構えていた。

代表作[編集]

各作品ともかなり毛色が違ったり会社倒産年とそり合わないことから、さらなる孫請けが開発に関わっている可能性が高い。

クライアントとのトラブル[編集]

1990年に設立したJフォースは、日本テレネット、ウルフチームで数々の名作を生み出した秋篠雅弘が代表を務めており、ゲームメーカーからは注目を集めていた。エニックスRPGの開発を任せた数少ないソフトハウスのひとつであり、他にもバンプレストサミーセガなど複数のメーカーよりプロジェクトを受託していた。 しかし、相次ぐ開発の大幅な遅延により、常にクライアントとのトラブルが絶えない状態であった。

ドラゴンフォース開発とJフォースの倒産[編集]

セガより1996年に発売されたセガサターン用『ドラゴンフォース』は、Jフォースと当時個人契約を結んでいた桑名真吾から企画立案され、開発が行われていた。しかし、開発途中で秋篠雅弘が失踪、Jフォースは倒産した。厚生年金、社会保険等の保険料が未納であったため、のちに全額の請求が社員の元に届くことになった。 これにより、開発途中で職場を失った当初の主要スタッフ(数か月間、無給で働いていた)は一時セガ社内で開発にあたっていたが、『ドラゴンフォース』の完成を見ることなく、桑名真吾等が設立したアイディアファクトリーに入社し、『スペクトラルフォース』の製作を行うこととなった。

ちなみに、両作品のキャラクターデザインを務めた日野慎之助(当時、Jフォース社員)は、『ドラゴンフォース』の完成後に『スペクトラルフォース』の製作に合流した。企画立案からしばらくは同一スタッフが手がけたが、完成時は日野慎之助ら数人のグラフィックデザイナー以外は別々のスタッフ構成であった。

同じく社員でドラゴンフォースの開発に携わっていた横塚英一郎は同社倒産後の1996年にサンテックジャパンに入社し、『里見の謎』やサンテックジャパンのアダルトゲームの開発と製作に深く関わっている。

関連ブランド[編集]