鶴見虹子

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鶴見虹子 Gymnastics (artistic) pictogram.svg
Koko wiki.JPG
2009年、世界選手権にて
選手情報
フルネーム 鶴見虹子
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1992年9月28日(19歳)
身長 140cm(2009年10月時点)[1]
体重 32kg(2009年10月時点)[1]
代表 2006年-
所属 朝日生命体操クラブ
学歴 藤村女子中学校大智学園高等学校
コーチ 塚原千恵子[2]陶暁敏
 
獲得メダル
世界選手権
2009 段違い平行棒
2009 個人総合
アジア大会
2010 女子 団体総合
2010 女子 段違い平行棒

鶴見 虹子(つるみ こうこ、1992年9月28日 - )は、日本体操選手。鶴見体操クラブ所属。

目次

[編集] 略歴

大分県出身。5歳の時、姉が体操をやっていたことがきっかけで、朝日生命体操教室に通い始める。中国人コーチの陶暁敏にその才能を認められ、基本を徹底的に叩きこまれてきた。後に才能を認められ、コーチ推薦が必要な専門コース(クラブ)の一員となる。

2006年(平成18年)、全日本選手権女子個人総合で鶴見は基本技術に裏打ちされた難易度の高い構成(A得点)と美しい姿勢による実施(B得点)により、同じクラブ所属の先輩、上村美揮と同点ながら[3]、14歳1ヶ月で初優勝[4]

藤村女子中学校卒業後は、体操競技に専念するため藤村女子高には進まず、大智学園高等学校(通信制普通科、単位制)へ入学し朝日生命を引き続き拠点にした。2007年(平成19年)NHK杯個人総合で、クラブの先輩でもある石坂真奈美の大会5連覇を阻止し初優勝。世界選手権代表に選ばれ[5]、同大会の団体で12位に入り、オリンピックの12年ぶり団体出場権獲得に貢献。個人総合でも日本女子で唯一決勝に進み、15位に入る健闘を見せた。

2008年(平成20年)、NHK杯個人総合で連覇を狙ったが、負傷の影響から精彩を欠き、段違い平行棒の着地転倒・平均台での落下などのミスで競技中に号泣してしまうが、4位となり初のオリンピック代表に選出された。北京オリンピックではエースとしてロス五輪以来24年ぶりとなる団体総合の入賞(5位)に大きく貢献。個人総合でも決勝進出を果たし、17位。種目別の平均台では落下などのミスはあったものの、8位入賞と大健闘を見せた。

2009年(平成21年)6月、NHK杯個人総合で優勝し、2位の上村美揮とともに世界選手権代表に選ばれた。同年7月に行われたジャパンカップでは団体で銅メダル獲得。個人総合でも4位入賞を果たした。10月、ロンドン英国)で行われた世界選手権の個人総合決勝で銅メダルを獲得。更に種目別の段違い平行棒で銀メダルを獲得した。日本女子選手による世界選手権での複数メダル獲得は、1966年の池田敬子以来43年ぶり。高難度化の進んだ今日の体操競技においては、事実上"初"と言える壮挙だった。

2010年(平成22年)、全日本選手権で個人総合5連覇、NHK杯で連覇を果たし、3大会連続の世界選手権代表に選出された。ロッテルダムで行われた本大会では団体総合5位入賞に貢献したが、個人総合では21位と振るわず、前年に続いてのメダル獲得はならなかった。同年11月に中国広州で行われた広州アジア大会では、団体総合で銀メダル、女子種目別の段違い平行棒では銅メダルを獲得した。しかし、帰国直後の同年12月の全日本団体・種目別は怪我の影響で欠場。朝日生命体操クラブは大会4連覇を逃した[6]

2011年(平成23年)、高校を卒業。同年の全日本選手権で史上初の個人総合6連覇を達成。同年6月のNHK杯で3連覇を達成し、世界選手権代表候補に選出された。同年7月のジャパンカップでは日本人女子選手として初めての個人総合優勝を果たした。

11月3日、所属していた朝日生命を退部し、「鶴見体操クラブ」を新設し所属したと発表した(10月31日付で千葉県体操協会に登録)[7]


[編集] 特徴

高難度化した今日の体操競技においては、日本女子ではじめて世界レベルの選手として成長した。中華人民共和国出身のコーチからも指導を受け、基本的な技術を重視している。

床のフィニッシュは、うつぶせの状態で片足だけ頭の方まで倒した独特の姿勢で終わることが多い。得意種目は段違い平行棒

[編集] 主な戦歴

[編集] 脚注

  1. ^ a b 2009年10月25日 MSN産経【美女カタログ】鶴見虹子(体操)
  2. ^ 朝日生命体操クラブ・体操教室の活動は有限会社塚原体操センターに業務を委託している(拠点体育館は朝日生命所有)。これは朝日生命もその旨告知している。
  3. ^ このようなケースでの優勝は1996年に菅原リサ日本体育大学)、大畠佑紀戸田市スポーツセンター)以来。
  4. ^ 1988年小菅麻里の13歳に次ぎ史上2番目の若さ
  5. ^ オリンピック前年の世界選手権は開催年内に15歳に達する選手が出場できる特例のため。
  6. ^ なお、この年の優勝は日本体育大学である。
  7. ^ 朝日新聞社 - 鶴見、朝日生命退部=独自のクラブ新設―体操、2011年11月3日閲覧。

[編集] 外部リンク

 

先代:
石坂真奈美
大島杏子
NHK杯女子個人総合優勝
2007年
2009年-
次代:
大島杏子
-
先代:
上村美揮
全日本選手権
女子個人総合優勝
2006年-
(2006年は上村美揮と同点)
次代:
-
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