近藤志げる

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近藤こんどう げる
近藤(こんどう) 志(し)げる
本名 近藤こんどう しげる
生年月日 (1932-12-17) 1932年12月17日(91歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県神戸市
出囃子 大江戸出世小唄(土手の柳)
活動期間 1952年 -
活動内容 アコーディオン漫談
所属 落語協会
(1981年 - 2016年)

近藤 志げる(こんどう しげる、1932年12月17日 - )は、主に昭和から平成にかけて活動した漫談家である。

人物・芸歴[編集]

兵庫県神戸市出身。1952年上京し、1953年にボーイズの東京ポンチのメンバーになる。その後、アコーディオンを持ち、銀座の流しを経て、銀座に生伴奏で歌わせる店を開店。立川談志の目にとまり、1981年に落語協会加入し、寄席などへの出演も行う。1982年頃から野口雨情などの童謡をテーマとする演目を舞台にかけるようになる[1][2]。1995年(平成7年度)に文化庁芸術祭参加し、野口雨情没後50年記念公演「志げるとアコーディオンと童謡と」(10月30日なかの芸能小劇場)で、演芸部門優秀賞を受賞した[3]

作品[編集]

CD[編集]

『日本の叙情 アコーディオン歌語り 野口雨情・西條八十の世界』(オーマガトキ、2007年11月21日)OMCA-1078

参考資料[編集]

  1. ^ 『読売新聞』1997年6月8日日曜版4頁「うた物語・僕は雨情になりたい」
  2. ^ 日外アソシエーツ「日本人物レファレンス事典・芸能篇Ⅰ」282頁(2014年)
  3. ^ 日外アソシエーツ「音楽・芸能賞事典90/95」5頁(1996年)

関連項目[編集]