行意

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行意(ぎょうい、治承元年(1177年)? - 建保5年11月29日1217年12月29日))は、平安時代末から鎌倉時代初期にかけての天台宗。父は関白太政大臣藤原基房。兄弟に左大臣隆忠摂政師家天台座主承円興福寺別当実尊などがいる。山科僧正とも称される。新三十六歌仙の一人。

従兄弟にあたる覚尊僧正の室に入り、出家。建久4年(1193年)一身阿闍梨となり、同8年(1197年)12月に真円から伝法灌頂を受けた。土御門順徳天皇の護持僧を務め、元久元年(1204年)と建暦元年(1211年)には修明門院藤原重子のために五檀法を修し、承元元年(1207年)8月には土御門天皇の病気平癒を祈願して北斗法を修している。建保4年(1216年)7月に園城寺長吏に任じられ、10月には崇福寺別当を兼任した。

和歌にも秀でており、建保2年(1214年)の内裏歌合などの歌合に参加している。『新勅撰和歌集』以下の勅撰和歌集にも入集している。