血とバラ

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血とバラ
Et Mourir de Plaisir
監督 ロジェ・ヴァディム
脚本 クロード・ブリュレ
クロード・マタン
ロジェ・ヴァディム
ロジェ・ヴァイヤン
原作 ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ
カーミラ
製作 レイモン・エジェ
音楽 ジャン・プロドロミデス
撮影 クロード・ルノワール
配給 パラマウント
公開 フランスの旗 1960年9月14日
イタリアの旗 1961年1月18日
アメリカ合衆国の旗 1961年9月2日
日本の旗 1962年3月7日
上映時間 74分 アメリカ合衆国の旗
87分 フランスの旗
製作国 フランスの旗 フランス
イタリアの旗 イタリア
言語 フランス語
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血とバラ』(原題: Et mourir de plaisir)は、1960年に製作されたフランスイタリア合作映画。

ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの小説『カーミラ』を下敷きにしている。

ストーリー[編集]

森に囲まれたイタリアの名門カーンスタイン伯爵家の屋敷に、イタリア一と謳われる花火の専門家ルッギエリが招かれていた。当主のレオポルド・デ・カーンスタイン(メル・ファーラー)はフィアンセのジョージア・モンテベルディ(エルザ・マルティネッリ)、いとこで幼馴染のカーミラ・フォン・カーンスタイン(アネット・ヴァディム)をはじめとした知己縁者を紹介した上で、フィアンセのために開く仮装パーティの趣向として仕掛け花火を依頼した。ルッギエリは館から4~500m離れた教会のある丘の斜面に建つ高い塔を利用して光の滝を演出したいというプランを述べた。すると、その場に居合わせた人々は一様に微妙な表情を浮かべた。その場所はカーンスタイン家の墓地であり、吸血鬼の伝説が語り継がれる土地でもあった。代々カーンスタイン家の人々は吸血鬼と言われてきたが、1765年に農民たちが謀反を起こし、カーンスタイン家の先祖たちの墓を暴いて胸に杭を打ち込んだと言う。しかし当時の当主ルードヴィッヒは、結婚式の当日亡くなったいとこのミラーカと永遠の愛を誓い、彼女の墓を隠したためにミラーカは滅びなかった。その後ミラーカを裏切ってルードヴィッヒは他の女性と2度婚約したが、相手の女性は悉く結婚式の直前に亡くなった。今もその部屋に残るミラーカの肖像画はカーミラと瓜二つであった。吸血鬼の証として、ミラーカが手に持つバラは枯れて色褪せていた。その時恰もミラーカが舞い戻って来たかの様にカーテンが揺らいだ。カーミラはレオポルドがルードヴィッヒにそっくりだと宣言する。

仮装パーティの夜、お天気屋故か不機嫌になっていたカーミラはパーティに顔を出さず、1人自室で飲んだくれていた。レオポルドは床に落ちていた赤いドレスを投げ付け、10分以内に着替えて降りて来いと言い放って出て行ったが、カーミラはドレスを投げ捨て、ミラーカの肖像画に描かれていた花嫁衣裳の保管場所へと向かった。レオポルドとジョージアが祝福される中、カーミラはミラーカの肖像画と同じドレスを纏い肖像画の脇に立った。不穏な空気が流れたがジョージアはカーミラをミラーカと紹介し、以前はカーンスタインの婚約者を葬って来たが今夜は私と友達になりに来てくれたと語った。やがて仕掛け花火が始まり人々は見入っていたが、突然激しい爆発が起こってパニックとなった(後に戦時中ドイツ軍の仕掛けた地雷が誘爆したものと判明する)。この爆発により塔が崩れ落ち、隠されていたミラーカの墓が露わとなった。カーミラが導かれるようにミラーカの大理石の棺に辿り着き、手を触れると女性の身体を模した蓋が動き始め、中から何者かがカーミラに迫った。

明け方ジョージアの部屋で眠っているカーミラが発見され、レオポルドは彼女の部屋まで運ぶ。ジョージアがカーミラを覗き込むといきなり手を掴まれたが、その手は氷のように冷たかった。この後カーミラに不可解な変化が幾つも起こる。生まれる遥か前の出来事に関して該博な知識を披瀝し、最早誰一人覚えていないと思われる古いダンスを踊ってみせた。その替わりカーミラが知っている筈の事を忘れてしまっていた。得意だった乗馬も出来なくなり、しかも馬がカーミラに異常な恐怖を示した。

キャスト[編集]

影響[編集]

  • 日本の映画監督大林宣彦は、20代の頃に本作をオマージュした『EMOTION=伝説の午後=いつか見たドラキュラ』という自主制作映画を製作している[1]

脚注[編集]

  1. ^ 石井博士ほか 『日本特撮・幻想映画全集』 勁文社、1997年、181頁。ISBN 4766927060

関連項目[編集]

外部リンク[編集]