蜻蛉切

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
蜻蛉切写しの大笹穂槍。固山宗次1847年弘化4年)に作成。東京国立博物館所蔵。

蜻蛉切(とんぼきり)は、戦国時代武将本多忠勝が愛用した事で知られる天下三名槍と呼ばれた

笹穂の槍身で、穂(刃長)1尺4寸(43.7センチ)、茎1尺8寸(55.6センチ)、最大幅3.7センチ、厚み1センチ、重さは498グラム、樋(刃中央の溝)に梵字と三鈷剣が彫られている。三河文珠派、藤原正真の作。

名称の由来は、戦場で槍を立てていたところに飛んできた蜻蛉が当たって二つに切れたことから、その名がついたという。通常の槍は4.5メートルほどであるが、柄の長さ2丈余(6メートル)であった。しかし、忠勝の晩年には体力の衰えから、3尺余り柄を短く詰められた。青貝螺鈿細工が施された柄であったと伝わるが、現存していない。黒糸威胴丸具足(鹿角の兜)と共に本多家に伝わったが、第二次世界大戦時に同家を離れ、その後、沼津市の実業家・収集家の矢部利雄(1905-1996)が入手した。愛知県岡崎市岡崎城内「三河武士のやかた家康館」にレプリカが展示されている。三島市の佐野美術館で2015年1月から11年ぶりに展示される[1]

なお、江戸時代の記録では、本多家にもう一つ蜻蛉切と呼ばれる槍があり、形は直穂で違うが、同じ模様が彫られ、作者も同じだったという。穂(刃長)1尺4寸(42.4センチ)、茎1尺8寸(54センチ)、幅3.6センチ、厚み1センチ。こちらの消息は全く不明である。

脚注[編集]

[ヘルプ]

参考文献[編集]

  • 佐藤俊之 監修「伝説の「武器・防具」がよくわかる本 : 聖剣エクスカリバー、妖刀村正からイージスの盾まで」ISBN 9784569669182、PHP文庫、p156

関連項目[編集]