笹塚
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| 笹塚 | |
|---|---|
| 十号通り商店街 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 東京都 |
| 特別区 | 渋谷区 |
| 地域 | 幡ヶ谷地域 |
| 人口 (2010年(平成22年)7月31日現在) | |
| - 計 | 14,812人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 151-0073 |
笹塚(ささづか)とは、東京都渋谷区の地名。住居表示実施済みで、笹塚一丁目から三丁目まで存在する。郵便番号は151-0073。
人口は14,812人[1]。
目次 |
[編集] 地理
渋谷区の北西部に位置し、幡ヶ谷地域に属する。地域の北部は中野区南台に接する。北西部から西部は、杉並区方南に接する。南西部は、世田谷区大原に接する。南部は、世田谷区北沢に接する。東部は、中野通りに接しこれを境に渋谷区幡ヶ谷に接する。
鉄道は、地域内に京王線笹塚駅があり、当駅は急行停車駅で、準特急及び特急は止まらないが京王新線乗り替え駅である。 幹線道路は、笹塚一丁目と笹塚二丁目の間を甲州街道が、笹塚二丁目と笹塚三丁目の間を水道道路が、それぞれ横断している。
地形的には、武蔵野台地上に位置し、概ね平坦である。河川については特筆すべきものは見い出し難いが、玉川上水の流れが西から東に大原、北沢との境界を蛇行しながら縫うように通る(笹塚駅前等で一部暗渠化されて遊歩道として整備されている)。
地域内は、大半が住宅街である。昔からのアパートやマンションも多く、一人暮らしをしている若年層の住民も多い。甲州街道沿い、笹塚駅周辺は、ビルや商店などが目立つ。かつては、マイクロソフト日本法人本社(現・日本マイクロソフト)、ディー・エヌ・エーも本社を構えたが現在は両社ともに移転している。新興企業の本社や営業所が多く存在する。一例として、サイバーステップ、フロム・ソフトウェアを挙げることができる。
現在は、京王線高架下の耐震工事、長期に渡る難工事が予想される京王重機ビル解体及び、周辺との一体再開発など、駅周辺は閑散としているが、約10年後の再開発終了後の賑わいが期待される。
[編集] 商業
日用品購入の便は良好といえる。商圏は、中野区南台、杉並区方南町、世田谷区大原の一部、世田谷区北沢の北端部にも及んでいる。
[編集] 歴史
1604年(慶長9年)大久保長安が甲州街道上に一里塚を設けた。これが地名の由来である。1843年(天保14年)の村明細帳に字名として初見される。塚は街道の両側に1対存在したが、道路拡張等により現存しない。笹塚交差点付近の窪地には牛裂きの刑場があったとされ、牛ヶ窪と呼ばれた。
明治時代には東京府南豊島郡にあって幡ヶ谷村に属し、村の合併にともない代々幡村の一部(字北笹塚、南笹塚等)となったが、1915年(大正4年)の笹塚駅開業を契機に急速に市街化が進み、同年、村は町制を施行して代々幡町となった。そしてその後、代々幡町の東京市・渋谷区編入(1932年)に際して幡ヶ谷笹塚町となり、住居表示の実施(1960年)によるさらなる名称変更を経て現在の形になったが(参考:新修渋谷区史、旧版地図、他)、京王線新宿-笹塚の複々線化、中野通りの整備等で利便性が近年一層高まり、笹塚駅前の土地高度利用も進んでいる。
[編集] 地名の由来
「笹塚駅」も参照
甲州街道の一里塚があり、その周囲が笹藪で覆われていたことが由来とされる。
[編集] 施設
- 渋谷区立笹塚小学校
- 渋谷区立笹塚中学校
- 富士見丘中学校・高等学校
- 笹塚ボウル
- 中村屋東京事業所(工場)
- 笹塚NAビル(過去にマイクロソフト日本法人本社が入居)
- 笹塚センタービル(過去にディー・エヌ・エーが入居)
- 笹塚サウスビル(過去にロッテリア本社が入居)
- 笹塚駅
[編集] 関連する人物
[編集] 脚注
- ^ 2010年7月31日現在、住民基本台帳による。渋谷区調べ
[編集] 外部リンク
- ささはたドッとこむ「笹塚・幡ヶ谷・西原の10商店街が合同で立ち上げた地域密着型WEB」
- 笹塚ショッピングモール21 / 公式サイト
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