松永記念館

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松永記念館(まつながきねんかん)は、

  1. 神奈川県小田原市板橋にある美術館。
  2. 長崎県壱岐市石田町にある松永安左エ門の生家跡に建設された記念館。

以下は小田原市の松永記念館の説明である。


松永記念館
情報
正式名称 小田原市郷土文化館分館 松永記念館
愛称
前身 財団法人 松永記念館
専門分野 美術・歴史
事業主体 小田原市
管理運営
年運営費 {{{年運営費}}}
延床面積 {{{延床面積}}}
研究職員 {{{研究職員}}}
開館 1980年(昭和55年)10月1日
閉館 {{{閉館}}}
所在地 〒250-0034
神奈川県小田原市板橋941-1
位置 {{{位置}}}
電話 0465-22-3635
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松永記念館は、神奈川県小田原市板橋にある美術館である。

目次

[編集] 概要

松永安左エ門が、1959年(昭和34年)2月25日に、自ら蒐集したコレクションを、広く公開する目的で財団法人松永記念館を創立。公開のために建てられた施設が、現在の松永記念館の原点である。松永没後も遺志を引き継いだ財団によって施設等は維持されたが、1979年(昭和54年)、運営難によって財団は解散。コレクションの大半は福岡市美術館に引き取られ、土地・建物は小田原市に寄付された。 土地・建物の寄付を受けた小田原市は翌1980年(昭和55年)10月1日に、小田原市城内にある小田原市郷土文化館の分館として松永記念館を開設。郷土文化館が所蔵する美術品等を展示する施設として利用されることになった。 また、晩年を板橋に暮らした作家・中河与一のコレクションや、近代小田原三茶人と呼ばれる益田孝(鈍翁)野崎廣太(幻庵)松永安左エ門(耳庵)の遺品を蒐集・展示している。

[編集] 正式名称と通称

正式には『小田原市郷土文化館分館 松永記念館』であるが、一般的には『松永記念館』と呼ばれている。また地元では単に『松永さん』という人も多い。

[編集] 運営

小田原市が直接運営している。

  • 開館時間 9:00~17:00
  • 休館日 12月28日~1月3日
  • 入館料 無料

[編集] 施設

  • 敷地面積 4,884.55m²
  • 延床面積  800.41m²
  • 構造
    • 本館  鉄筋コンクリート造 一部木造瓦葺 2階建
    • 別館  鉄筋コンクリート造 2階建
    • 葉雨庵 木造瓦葺 一部桧皮葺 平屋建
    • 烏薬亭 木造瓦葺 平屋建
    • 老欅荘 木造瓦葺 平屋建
    • 収蔵庫 鉄筋コンクリート造瓦葺 2階建

[編集] 沿革

  • 1946年(昭和21年) 松永安左エ門小田原へ移住。
  • 1959年(昭和34年)2月25日 松永安左エ門が財団法人松永記念館を創立。松永記念館を建設して、コレクションを展示する。
  • 1971年(昭和46年)6月16日 松永安左エ門永眠(享年96)。
  • 1979年(昭和54年) 財団法人松永記念館解散。敷地と建物が小田原市に寄付される。
  • 1980年(昭和55年)10月1日 小田原市郷土文化館分館として公開。以降、特別展や平常展示を開催。
  • 1986年(昭和61年)3月25日 野崎幻庵の茶室「葉雨庵」移築。
  • 1991年(平成3年)5月20日 茶室付属棟・烏薬亭が完成する。
  • 1993年(平成5年) 小田原市土地開発公社が、松永安左エ門旧宅「老欅荘」の土地建物を購入。
  • 1999年(平成11年)12月 小田原市の「老欅荘」解体計画に対して、茶人や政財界人らによる保存を求める活動が発生。翌年2月4日に小澤良明市長が、解体計画の白紙撤回を表明したことから「老欅荘」の全体保存が決定する。
  • 2000年(平成12年)9月26日 「老欅荘」、「葉雨庵」が国登録有形文化財に登録される。
  • 2001年(平成13年)4月 「老欅荘」の整備が終わり、公開される。

[編集] 所在地

[編集] ギャラリー

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 小田原市教育委員会発行『小田原の教育』
  • 小田原市教育委員会発行『小田原の文化財』

[編集] 外部リンク