木村颯

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基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山口県岩国市
生年月日 (1998-07-06) 1998年7月6日
死没 (2023-08-14) 2023年8月14日(25歳没)
身長 171cm
体重 52kg
血液型 A型
選手情報
所属 山口支部
登録番号 5040
登録期 122期
級別 B2
師匠 大峯豊[1]
選手実績
デビュー日 2018年5月20日
選手引退日 2023年8月14日
通算勝利 出走534回9勝
主要獲得タイトル
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木村 颯(きむら はやて、1998年7月6日 - 2023年8月14日)は、日本の競艇選手

経歴[編集]

山口県岩国市出身[2]。高校卒業後に24倍の倍率を突破してボートレーサー養成所に入所、2018年3月に合格して同月24日、第122期生として選手登録[2][3]。同年5月20日、徳山競艇場11R6枠でデビュー、6着だった[4]。同年11月1日、62戦目となる尼崎競艇場で開催された「第50回デイリースポーツ杯争奪 琴浦賞競走」最終日2Rで初勝利、水神祭を行う[5]

2023年8月14日午後7時50分頃、山口県光市虹ヶ浜1丁目の国道188号へ道路沿いの飲食店駐車場から軽乗用車を運転して出た際、下松市方面に走っていた乗用車と衝突、木村の車に同乗の20代女性と乗用車の20歳男性が軽傷を負い、木村は頭などを強く打ち、搬送先の病院で約3時間後に重症頭部外傷により死亡、25歳[6][7][8]

通算534戦9勝[9]。2023年8月9日、下関競艇場で9Rに出走、6着になったのが最後のレースだった[10]

2023年9月24日のヤングダービー競走では同じ122期生5人が木村の写真が入ったTシャツを着て出場した[11]

人物[編集]

美形であり、BOAT RACE振興会の女性ファン向けイベントによく登場していた[12]

インドア派で趣味はゲーム、特にパソコンでシューティングゲームをよくプレイした[12]

脚注[編集]

  1. ^ 122期の木村颯「うれしい」デビュー初勝利 尼崎」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2018年11月1日。2024年4月13日閲覧。
  2. ^ a b 徳山競艇ルーキー勝負の夏」『中国新聞』中国新聞社、2018年8月26日。2024年4月13日閲覧。
  3. ^ 現役ボートレーサー 木村颯さんが交通事故死 25歳 5年間の選手生活で9勝」『デイリースポーツ』株式会社デイリースポーツ、2023年8月15日。2024年4月13日閲覧。
  4. ^ 木村颯がデビュー「緊張はしませんでした」/徳山」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2018年5月20日。2024年4月13日閲覧。
  5. ^ 【ボート】木村颯が62走目でデビュー初1着 「一つの目標が達成できた」」『デイリースポーツ』株式会社デイリースポーツ、2018年10月1日。2024年4月13日閲覧。
  6. ^ ボートレーサー木村颯さん死亡 乗用車と軽乗用車との衝突事故で(山口県光市)」『TBS NEWS DIG』TBSテレビ、2023年8月15日。2024年4月13日閲覧。
  7. ^ 光市で乗用車と軽乗用車が出会い頭に衝突 ボートレーサー死亡」『NHK NEWS WEB』日本放送協会、2023年8月15日。2024年4月13日閲覧。
  8. ^ 【光市】ボートレース木村颯選手死亡 虹ケ浜の国道で交通事故」『日刊新周南』新周南新聞社、2023年8月17日。2024年4月19日閲覧。
  9. ^ ボートレーサー木村颯さんが交通事故死 25歳 軽自動車運転中に普通乗用車と衝突」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、2023年8月15日。2024年4月13日閲覧。
  10. ^ 山口支部の木村颯が交通事故で死去」『サンケイスポーツ』産経デジタル、2023年8月15日。2024年4月13日閲覧。
  11. ^ 【多摩川ボート・かどまつ賞】準優3号艇の倉田茂将 天国の同期・木村颯さんに「いい報告を」」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、2024年1月5日。2024年4月13日閲覧。
  12. ^ a b 5000台のイケメン奮闘中、インドア派の木村颯はボートに集中/児島」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2021年9月25日。2024年4月13日閲覧。

外部リンク[編集]

  • 木村颯(BOAT RACE オフィシャルウェブサイト)