伊藤祐茲

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 いとう じろうざえもんすけしげ

 伊藤 次郎左衛門祐茲
生誕 伊藤 松之助
1902年7月5日
愛知県名古屋市
死没 (1984-12-24) 1984年12月24日(82歳没)
死因 心不全
国籍 日本の旗 日本
出身校 慶應義塾大学文学部
職業 実業家
子供 17代目・伊藤次郎左衛門祐洋(伊藤洋太郎)
15代目・伊藤次郎左衛門伊藤祐民
栄誉 藍綬褒章(1958年)
勲二等旭日重光章(1973年)[1]
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伊藤 次郎左衛門祐茲(いとう じろうざえもんすけしげ、1902年(明治35年)7月5日 - 1984年(昭和59年)12月24日 )は、日本経営者松坂屋社長を務めた。 16代目当主。

来歴・人物[編集]

15代目・伊藤次郎左衛門伊藤祐民)の長男として愛知県名古屋市に生まれる[1]伊藤鈴三郎は弟[2]

1928年慶應義塾大学文学部を卒業[1]

1947年3月に松坂屋社長に就任し、1967年10月に会長となる[1]。長男の洋太郎はまだ35歳と若く、会社を任せるには時期尚早だったので、副社長の鈴三郎を社長に登用した[2]

1980年、16代目は任期半ばの鈴三郎に辞任を迫り[2]、洋太郎を社長の座に据える[3][4]

ほかに名古屋商工会議所会頭、近畿日本鉄道名古屋放送全日本空輸東邦瓦斯各取締役なども歴任した[1]

1984年12月24日心不全で死去[5]。82歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 興信データ株式會社 1981, い89頁.
  2. ^ a b c 菊地 2010, p. 269.
  3. ^ 興信データ株式會社 2003, い64頁.
  4. ^ 菊地 2010, p. 269 - 270.
  5. ^ 日本経済新聞 朝刊 1984年12月30日 p27

参考文献[編集]

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第31版 上』興信データ、1981年。 
  • 菊地浩之『日本の15大同族企業』平凡社新書、2010年3月。ISBN 978-4582855166