ルーカス・パパデモス
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ルーカス・ディミトリオス・パパデモス
Λουκάς Παπαδήμος |
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| 任期 2011年11月11日 – 2012年5月16日 |
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| 大統領 | カロロス・パプーリアス |
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| 前任者 | ゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウ |
| 後任者 | パナギオティス・ピクラメノス |
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| 任期 2002年5月31日 – 2010年12月31日 |
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| 大統領 | ウィム・ドイセンベルク ジャン=クロード・トリシェ |
| 前任者 | クリスチャン・ノワイエ |
| 後任者 | ヴィクトル・コンスタンシオ |
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ギリシャ銀行総裁
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| 任期 1994年10月26日 – 2002年5月31日 |
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| 前任者 | イオアニス・ブトス |
| 後任者 | ニコラス・ガルガナス |
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| 出生 | 1947年10月11日(65歳) |
| 政党 | 無所属 |
| 母校 | マサチューセッツ工科大学 |
| 専業 | 経済学者 |
ルーカス・ディミトリオス・パパデモス(Λουκάς Παπαδήμος, Lucas Demetrios Papademos, 1947年10月11日 - )は、ギリシャの経済学者、政治家。2002年から2010年まで欧州中央銀行の副総裁、2011年11月より半年間同国首相を務めた。
目次 |
来歴 [編集]
1947年、アテネに生まれる。アテネ高校を卒業後、マサチューセッツ工科大学に学び1970年に物理学学位、1972年に電気工学修士、1977年に経済学博士を取得。
コロンビア大学教授(1975年 - 1984年)、アテネ大学教授(1988年 - 1993年)として経済学の教鞭をとるかたわら、1980年にはボストン連邦準備銀行でシニア・エコノミストをつとめる。
1985年、ギリシャ銀行入行。チーフ・エコノミスト、副総裁を歴任したのち、1994年から同行総裁に就任。
2002年、欧州中央銀行副総裁に就任。
詳細は「パパデモス内閣」を参照
ギリシャ経済危機への対応をめぐり2011年11月に首相辞任に追い込まれたゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウの後継候補として早い段階で名が挙がり、11月10日に連立政権に参加する全ギリシャ社会主義運動と新民主主義党がパパデモスの擁立で合意[1]。11月11日に就任した[2]。しかし2012年5月に行われた総選挙において緊縮財政を掲げる連立与党は過半数を割り込み、パプーリアス大統領による連立工作も失敗。規定により再選挙が行われることとなり、暫定政権が組まれることとなったが、パパデモスが引き続き首相を務めるというパプーリアスの提案も財政緊縮反対派に受け入れられず、パナギオティス・ピクラメノスが暫定首相を務めることとなり、パパデモス政権は約半年でその幕を閉じた[3]。
日米欧三極委員会の会員にもなっている。
政策 [編集]
欧州中央銀行副総裁としてギリシャのユーロ参加に尽くした経緯もあり、ギリシャのユーロ圏脱退には反対であり、加盟し続けることによって金融安定、経済繁栄が実現するとの立場である[4]。
出典 [編集]
- ^ “ギリシャ新首相、ECB元副総裁のパパデモス氏”. 読売新聞. (2011年11月10日) 2011年11月10日閲覧。
- ^ “ギリシャ新内閣が発足 包括対策の承認目指す”. 共同通信. (2011年11月11日) 2011年11月12日閲覧。
- ^ “ギリシャ、6月17日に再選挙”. 読売新聞. (2012年5月16日) 2012年5月16日閲覧。
- ^ “ギリシャ新首相にパパデモス前ECB副総裁、大連立内閣発足へ”. AFPBB News (フランス通信社). (2011年11月11日) 2011年11月11日閲覧。
外部リンク [編集]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ゲオルギオス・アンドレアス・パパンドレウ |
2011 - 2012 |
次代: パナギオティス・ピクラメノス |
| 先代: クリスチャン・ノワイエ |
2002 - 2010 |
次代: ヴィクトル・コンスタンシオ |
| 先代: イオアニス・ブトス |
1994 - 2002 |
次代: ニコラス・ガルガナス |