モーニングモーニング

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モーニングモーニングは、福岡県のテレビ局、九州朝日放送(KBC)で1986年(昭和61年)4月から1998年(平成10年)3月まで放送された、朝の情報ワイド番組である。

目次

[編集] 概要

北部九州地方の朝一番のニュースや、天気予報、交通情報などを中心に構成された番組だが、番組のコンセプトである「人間・家族・愛」を軸にした企画やコーナーが数多く放送され「普通の人々の普通の生活」を映し出した。特に取材VTRなどでは効果音やBGMを多用せず、現場の音声が生かした演出がなされ、朝の番組としての爽やかさを前面に押し出す情報番組となった。

[編集] 沿革

ローカルワイドショーでは先駆的な存在である「ティータイムショー」以降、これまで主婦の在宅時間帯(平日日中)に数多く製作・放送されてきた同局の情報ワイド番組だったが、1980年代以降は企画の見直しが幾度も行われ、その結果、在福他局でも同様の番組が放送されていた平日の日中から撤退。それまでアニメ番組の再放送などを編成してきた朝の時間帯に自社制作番組を放送することとなった。

初代キャスターは後庵継丸(KBCアナウンサー/当時)と、徳永玲子(劇団・テアトルハカタ所属/当時)。放送開始当時の放送時間は午前7時15分から8時25分まで。早朝のニュース番組の放送時間が繰り上がった1987年10月からは、7時から8時25分の放送へと拡大された。

1993年(平成5年)4月、キー局であるテレビ朝日が、朝の編成を大幅に改めたのを機に、放送時間は6時45分から8時となる。この時間変更とともに、キャスターは園田哲也アナウンサー(現・KBC東京支社ラジオ営業部長)と一般公募で選ばれた吉村朋子が起用され、若返りを図った。1年後に女性キャスターがKBCアナウンサーの加藤恭子に交替。またキャスターが3人体制になり田上和延アナウンサー、小林肇アナウンサーが登場。この他、中継レポーターにKBCの若手アナウンサー、タレントの西田たかのりらが出演した。

1997年(平成9年)からは富田薫アナウンサーとあいざわ薫(タレント)、小林肇アナウンサーがキャスターを勤めた。番組は1998年3月をもって終了。後継番組に『朝はポレポレ』がスタートした。

[編集] 放送時間

  • 1986年4月〜1987年9月 7:15〜8:25
  • 1987年10月〜1993年3月 7:00〜8:25
  • 1993年4月〜1998年3月 6:45〜8:00

[編集] 出演者

[編集] キャスター

  • 1986年4月〜1993年3月 後庵継丸・徳永玲子
  • 1993年4月〜1994年3月 園田哲也・吉村朋子
  • 1993年4月〜1997年3月 園田哲也・加藤恭子・田上和延(途中から小林肇が加入)
  • 1997年4月〜1998年3月 富田薫・あいざわ薫・小林肇

[編集] レポーター

[編集] 主なコーナー

  • けさの美人
一般視聴者から選ばれた女性のプロモーションビデオ風紹介コーナー。
  • 朝を走る
自動車の助手席に固定されたカメラが映し出す道路沿いの風景を、テーマ曲に載せて紹介。画面には文字ニュースも流れた(番組後期は12星座の運勢)。
  • いってきます
朝の家庭をVTRで取材し、家族のインタビューや出かける迄の様子で構成。番組の名物コーナーとなった。
  • 一丁目一番地
福岡県内の何気ない街の風景をVTRで紹介する定点観測コーナー。
  • みんな登場
街角にスタンドマイクを設置し、集まった人が自由にPRやメッセージを話してもらう。
  • 大字にっぽん
エリア内の山や川、田園などののんびりした風景、カメラがぶらりと歩く企画
  • おとうさんの会社
どこにでもある普通の会社で働くお父さんの姿をウォッチング。
  • スクランブルエッグ
視聴者から寄せられた葉書やFAXをもとに、エリア内の名物や面白人間をレポーターが取材。番組後期のコーナー。
  • 吉田カメラマンレポート
朝の街角の様子を、生中継担当の「吉田カメラマン」が自らカメラを操作しながら伝えるコーナー。スタジオのキャスターとのほのぼのとしたやりとりが評判となる。いつも声だけの出演のため、視聴者から「顔が見たい」との投書が相次ぎ、実際に中継先を訪れて顔を確認する視聴者も多かった。番組の内容変更により一時期、コーナーが休止されたが復活を望む声が大きく再登場した程の人気で、番組の名物となる。1998年3月の番組最終回でも「吉田カメラマンの顔が出るのか」と話題になったが、結局、最終回も声だけの出演となった。
  • この他、ニュース(スポーツニュース含む)、天気予報、交通情報などが随時放送された。

[編集] エピソード

  • 番組のコンセプト「人間・家族・愛」をもとに、演出方法が検討された結果「面白いもの、珍しいものはいらない。普通の人の普通の生活を描こう。インタビューはしない。レポーターを使わない。ズーム、パンなどカメラを動かさない。音声は現場の音のみ、ナレーションやBGMは使わない」など、これまでのテレビ番組が多用してきた事を一切禁止した。これにはディレクターからも反発があったが、放送が始まると、そのシンプルな映像に多くの視聴者から共感が寄せられた。
  • 放送開始に先駆けて、一番苦労したのは番組のタイトルだった。会議では様々なタイトル案が出たが決定打に至らなかった。会議中、疲れもピークに達した時に、番組立ち上げに関わった放送作家・毛利恒之が、朝の番組のタイトルに相応しい色々なキーワードを口にし、その途中に「モーニング…モーニング…うーん」とつぶやいたところ、番組プロデューサーが「“モーニング”を2つ重ねたら立派なタイトルになる」と反応し、本番組のタイトルが決定した。

[編集] 番組テーマ曲

  • 1986年4月~1993年3月 「愛の中から」徳永英明(シングル「夏のラジオ」のカップリング曲)
  • 1993年4月~1994年3月 「素敵な朝の予感」HARU
  • 1994年4月~1998年3月 「恋の一番列車」ニール・セダカ(6:45の放送開始) 「あなたのとりこ(Irresistiblement)」シルヴィ・ヴァルタン(7時の時報直後) 「デイドリーム・ビリーバー」ザ・モンキーズ(エンディング)