モード・ルイス

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モード・ルイスMaud Lewis1903年1970年)はカナダのフォーク・アートの画家である。田舎の風景、動物、草花をモチーフに、明るい色彩とシンプルなタッチで温かみと幸福感のある絵を描いた。カナダで愛された画家の一人である。

生涯[編集]

生涯のほとんどが貧しい生活であり、ノバスコシア州のヤーマスとディグビーだけが人生で経験した世界のすべてである。美術の教育を受けた事も、絵画の描き方を学んだ事もない(おそらく家族からのものを除いて)。

『家族との少女時代』

若年性関節リウマチを患い、生涯に亘って手足が不自由で体も小さかった。
身体障害者に対する差別から同世代の子供と遊ぶよりも一人で過ごす時間が多かった。家族の前でピアノを演奏するなど、家族と家で過ごすのが最も楽しい時間であった。
毎年、母親と共にクリスマス・カードを作り、友人や近所の人達に売っていた。
当時の慣習により住居は兄が継ぐが、兄夫婦は離婚し兄が家を出る。モードは叔母と暮らすためにノバスコシア州ディグビー郡へ移る。

『結婚』

  • 1938年 魚の小売り業を営むエヴェレット・ルイスと出会い結婚する。
ディグビー郡マーシャルタウンの小さな住居に暮らし始める。体の不自由なモードに代わりエヴェレットが家事を行った。世間でのエヴェレットの評判に拘らず夫婦の絆は強く、モードは誇りに思っていた。
エヴェレットはモードが描く事を奨励する。魚を一軒一軒に売るのと同時にモードのポストカードを25セントで売り、やがて彼の顧客から評判が上がる。そしてモードのために油絵のセットを購入する。
壁・ドア・キッチン用品・インテリアなど、小さな家の中の描く事が可能なあらゆる表面に絵を描き始める。

『Paintings for Sale』

“Paintings for Sale"(絵画販売中)と書かれたボードが家の前に掲げられる。
  • 1945年1950年 家を訪れた人々は2ドルまたは3ドルで絵を買う。やがて7~10ドルで売れるようになる。
  • 1964年 カナダの雑誌「Star Weekly」で紹介され、カナダ国中の注目を浴びる。
  • 1965年 CBCのテレビ番組「Telescope」で紹介される。
新聞、雑誌などにも頻繁に取り上げられ、遠方の人々やいろいろな人々から絵画の注文が来るようになる。
テレビ番組の中でアトリエが欲しいことを語ると、それを視聴した隣人によりトレーラーハウスを寄贈される。トレーラーハウス内はモードによって彩色された物品であふれかえるが、なぜかトレーラーハウス自体には何も描かれなかった。
2つの絵が16,000ドル以上で売られる。
多くの人々の関心を集める中、関節リウマチの病状は徐々に悪化する。トレーラーハウスも使われなくなる。
頻繁に病院に通う生活の合い間を見つけては、家の隅で絵を描き続けていた。
墓石には、エヴェレットの両親の名と共に、少女時代の名前「モード・ドゥーリー(Maud Douley)」と刻まれている(ドゥーリーは婚姻前の旧姓)。
  • 1979年 家に強盗が入り、その際エヴェレットは亡くなる。
晩年エヴェレットも、絵を描いていた。

作品と作風[編集]

ほとんどの絵のサイズは小さく 20cm×25cmである。41cm×51cmの絵が3枚だけ確認されている。
茶ツボ、ティーポット、ちり取り、クッキーシート、薪ストーブなど家庭内のほとんどの物品、扉、雨戸、外壁、壁紙。家のあらゆるものがモードのキャンパスだった。家全体(内部の物品を含めた)がモードの作品である。

モチーフは自分の住む田舎の風景、動物、草花、蝶など。
絵画手法は、先ず輪郭を描き、絵の具のチューブから直接キャンパスに描いた。色を混ぜることは無かった。原色が多く使われるが、バランスの良い配色がされている。遠近法が用いられることはあるが、影は描かれない。素朴で明晰な画面。動物はユーモラスに描かれる。
美術の専門家の高い評価を受けることが少ない絵画である。それでも、モードの絵は見る人にとって明るく楽しい絵であり、それはモードが描く事に対して感じた楽しさと喜びが漏れ伝わる故であろう。

マーシャルタウンの小さな家[編集]

カナダの東、ノバスコシアのハイウェイ沿いにあった小さな家。
入口近くには
『Paintings for sale』 絵画販売 と書かれた看板
興味深げに訪れた人々を迎えてくれたのは
真っ青な美しい目で 少女のような笑みを浮かべた
小さな小さな婦人 モード・ルイス

家の正面の壁には、いくつかの小さな常緑樹が不規則な配置(自然の中の木々のように)で描かれていた。
この家の大きさは4×3.8m、たった一つの部屋にキッチン、ソファ、テーブルが配置され寝室はロフトである。電気・水道は無く、暖をとるのに料理用の薪ストーブが使われていた。それでも、壁・ドア・キッチン用品・インテリアなどあらゆる物と場所が、明るい色の絵の具で彩色され温かな雰囲気を醸し出していた。
1970年のモードと1979年のエヴェレット・ルイスの死去の後、家の状態は悪化する。ディグビー郡の人々は、家の保存、維持、修復の為に市民グループ「モード・ルイスの家を保存する会」(The Maud Lewis Painted House Society)を設立する。長年の間このグループは資金の調達に努めるが、より大きな組織に委ねることが家の保護に重要であると考えるようになる。
1984年に、家はノバスコシア州政府に売られて、ノバスコシア美術館(Art Gallery of Nova Scotia)の庇護の下におかれることになる。1996年に、カナダ連邦政府の遺産省(Department of Canadian Heritage)と地元の銀行、個人の寄付により資金を調達し、家の内部の物品も含めた、保存と修復の徹底的な作業が始められた。元の色や形を失った物も多かったが、テレビ番組(1965年)の取材テープを参考に1965年当時の最良の状態に復元された。
完全に修復された家は、モードの絵画と共にハリファックスのノバスコシア美術館の屋内中央に移転され常設展示されている。

  • もう一つの家

家の移転後、家があった場所には記念モニュメントとして元の家と同じサイズの家が建てられた。ブライアン・マッケイ-リヨンが設計しケルビーニ・メタルワークスにより造られたそのモニュメントは、モード・ルイスの芸術表現の手法とはかなり異なっている。鉄骨のフレームがモードの人生の現実の暗い側面を伝え、色のハイライトがモードの世界の無邪気なビジョンを示すというものである。

日本での紹介[編集]

日本で公のメディアに紹介された事はなく、無名であった。テレビ東京の番組「開運!なんでも鑑定団」が日本での初めての紹介と考えられる。
2007年11月27日の「開運!なんでも鑑定団」において、大橋巨泉がモード・ルイスの作品を持参した(鑑定額は100万円)。大橋巨泉がモード・ルイスの絵に一目ぼれし入手に至るまでの経緯と共に、モード・ルイスを紹介するVTRが放映された。


書籍[編集]

  • Jo Ellen Bogart(著), Mark Lang(イラスト)『Capturing Joy: The Story of Maud Lewis 』出版社:Tundra Books (2002/3/12) ISBN 978-0887765681
  • Laurie Hamilton(著), Maud Lewis(著)『The Painted House of Maud Lewis: Conserving a Folk Art Treasure 』出版社:Goose Lane Editions (2001/10) ISBN 978-0864923349
  • Lance Woolaver(著), Bob Brooks(写真)『The Illuminated Life of Maud Lewis 』出版社: Down East Books(2001/02) ISBN 978-1551092171

外部リンク[編集]