メアリー・ブーリン
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| メアリー・ブーリン | |
|---|---|
| 生誕 | Mary Boleyn 1499年/1500年頃 |
| 死没 | 1543年7月19日 |
| 配偶者 | Sir William Carey (1520年-1528年) William Stafford (1534年-1543年) |
メアリー・ブーリン(1499年/1500年頃 - 1543年7月19日)は、イングランド王ヘンリー8世の時代に影響力のあったブーリン家の一員である。メアリーは初代ウィルトシャー伯爵トマス・ブーリンとその妻エリザベス・ハワードの娘であり、アン・ブーリン王妃の姉妹であった。どちらが姉であったかについては明らかでないが、彼女の子供はメアリーが姉であると信じていた。現在の多くの歴史家も同様に考えているが、彼女が妹であったと主張する歴史家もいる。
メアリーはヘンリー8世の愛人の一人であり、ライバルのフランス王フランソワ1世の愛人でもあったと伝えられている[1]。 彼女は2度結婚した。
フランス宮廷で侍女をしていた際にフランソワ1世の愛人となり、その後次々にフランス貴族の愛人となり、誰とでも寝る女として不評を買い、イングランドに帰国させられる。その後ヘンリー8世の愛人となり、ヘンリーの寵臣の一人サー・ウィリアム・キャリーと結婚した。キャサリンとヘンリーの2人の子を産むが、この2人はヘンリーの子であると主張する歴史家もいる。
キャリーと死別後、非常に身分の低いウィリアム・スタフォードと恋愛結婚をしたといわれている。
子孫 [編集]
メアリー・ブーリンの子孫には、エリザベス1世の寵臣エセックス伯ロバート・デヴァルーの他、ウィンストン・チャーチル、P・G・ウッドハウス[2][3]、エリザベス王太后、ダイアナ妃、セーラ妃、チャールズ・ダーウィンなど多くの有名人が含まれる。
称号 [編集]
- Mistress Mary Boleyn (1499年 - 1520年)
- Lady Carey (1520年 - 1525年)
- Lady Carey; The Hon. Mary Carey (1525年 - 1529年)
- Lady Carey; Lady Mary Carey (1529年 - 1532年)
- Lady Mary Stafford (1532年 - 1543年)
- メアリーは1520年にSir William Careyと結婚したことでLady Careyになった。1525年には彼女の父親が Viscount Rochford になったことでLady Carey; The Hon. Mary Careyになった。1529年には彼女の父親がEarl of WiltshireになったことによりLady Mary Careyとなった。
脚注 [編集]
- ^ Letters and Papers of the Reign of Henry VIII, X, no.450.
- ^ Charles Mosley, Burke's Peerage and Baronetage, 107th edition
- ^ thePeerage.com - Person Page 3638