マリア・ダ・グロリア・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ

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マリア・ダ・グロリア・デ・オルレアンス・イ・ブラガンサ・イ・ボルボンMaria da Glória de Orléans e Bragança e Bourbon, 1946年12月13日 ペトロポリスブラジル - )は、ペトロポリス系ブラジル皇帝家家長ペドロ・ガスタンの娘。ユーゴスラビアセルビア元王太子アレクサンダル(2世)の最初の妻。全名はマリア・ダ・グロリア・エンリケータ・ルシア・ミカエラ・ハファエラ・ガブリエラ・ゴンザーガ(Maria da Glória Henriqueta Dolores Lúcia Micaela Rafaela Gabriela Gonzaga de Orléans e Bragança e Bourbon)。

ブラジル=ペトロポリス系ブラガンサ家の当主ペドロ・ガスタンとその妻で両シチリア王子・スペイン王子カルロ・タンクレーディの娘であるマリア・デ・ラ・エスペランサの間の第2子、長女として生まれた。1972年7月1日にスペイン、セビーリャ近郊のビリャマンリケ・デ・ラ・コンデーサにおいて、ユーゴスラビア王ペータル2世の一人息子アレクサンダル王太子と結婚した。アレクサンダルはローマ・カトリック信徒であるグロリアとの結婚に伴い、イギリス王位継承資格を剥奪された。夫妻の間には3人の息子が生まれた。

グロリアは1985年にアレクサンダルと離婚し、同年10月24日にスペインの大貴族であるセゴルベ公爵イニャシオ・デ・メディナ・イ・フェルナンデス・デ・コルドバ(Ignacio de Medina y Fernández de Córdoba, duque de Segorbe、1947年 - )と再婚、間に2人の娘をもうけた。

  • ソル・マリア・デ・ラ・ブランカ(1986年 - ) アンプリアス伯爵夫人、グランデ
  • アナ・ルナ(1988年 - )