ブルーノ・レオナルド・ゲルバー

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Bruno Leonardo Gelber.jpg

ブルーノ・レオナルド・ゲルバー(Bruno Leonardo Gelber, 1941年5月19日 - )はオーストリア系のアルゼンチンピアニストフランス人イタリア人の血筋も引いている。日本ではブルーノ・ゲルバーとも表記される。

来歴・人物[編集]

3歳で母親からピアノの手ほどきを受け、6歳でヴィンチェンツォ・スカラムッツァ(マルタ・アルゲリッチダニエル・バレンボイムの恩師として知られる)に師事。1948年小児麻痺に罹患、闘病生活を余儀なくされるが、これを克服した[1][2][3]。19歳でパリ留学し、マルグリット・ロンに入門。ロンは「あなたは私の最後の、最高の生徒」と語った[4]

ロン=ティボー国際コンクールを初めとして、数々の受賞歴を重ねる。ベートーヴェンブラームスを偏愛しており、とりわけ前者のピアノ・ソナタの演奏で高く評価される。

1968年以来たびたび来日し、2011年には70歳記念ツアーを全国11箇所で開催し、喝采を浴びた。

脚注・出典[編集]

  1. ^ http://www.kayokoono.com/newleonardogelber.html 2011年11月28日閲覧
  2. ^ 結城亨による解説、CD「ゲルバー:ベートーヴェン『悲愴』『月光』『熱情』」のブックレット、DENON COCO-7311
  3. ^ 演奏会パンフレット「ブルーノ=レオナルド・ゲルバー ピアノリサイタル」2013年10月21日、アクロス福岡シンフォニーホール
  4. ^ 演奏会パンフレット「ブルーノ=レオナルド・ゲルバー ピアノリサイタル」2013年10月21日、アクロス福岡シンフォニーホール