ブラック・フラッグ
| ブラック・フラッグ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | カリフォルニア |
| ジャンル | ハードコア・パンク |
| 活動期間 | 1976年 - 1986年、2003年 2013年 - |
| レーベル | SST |
| 旧メンバー | |
| グレッグ・ギン キース・モリス ロン・レイズ デズ・カデナ ヘンリー・ロリンズ レイモンド・ペティボーン チャック・ドゥコウスキー キラ・ロゼラー ロボ 他 |
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ブラック・フラッグ (BLACK FLAG) は、1976年に南カリフォルニアで結成された、ハードコア・パンク・バンド。 Black Flag(黒旗)は、アナーキストの象徴。
目次 |
来歴 [編集]
1976年に、アメリカ合衆国カリフォルニア州ヘルモサビーチで結成された。キャリアを通じてメンバーの入れ替わりが激しく、結成から解散までバンドに在籍していたのは、リーダーでギタリストのグレッグ・ギンだけだった。
1981年に、S.O.A(ステイト・オブ・アラート)のヘンリー・ロリンズが、ヴォーカリストとしてバンドに加入。ロリンズの参加は、東海岸でもブラック・フラッグの名前が知れ渡るきっかけになった。バンドはこの頃から活動を活発にしていき、日本公演を含むワールド・ツアーをこなしながら次々とレコードをリリースする。
彼らのレコードの多くは、ギンが設立したインディー・レーベル「SST Records」[1] を通してリリースされた。SSTは、ブラック・フラッグの作品以外にも、ミート・パペッツやミニットメン、ハスカー・ドゥ、バッド・ブレインズ、ソニック・ユース、ダイナソーJr.、サウンドガーデンなど、ハードコアや初期オルタナの音源がリリースされており、80年代のアメリカを代表するインディー・レーベルとなった。
1986年に解散。実質的な活動期間は長くはなかったが、アメリカ、特に西海岸のハードコアシーンに与えた影響は大きい。ただし、一般的なハードコアと違い、ブラック・フラッグの音楽は必ずしもスピードに重きをおかない。また、ブラック・サバスをはじめパンクロック以外の音楽からも影響を受けている。この傾向は特に、ロリンズ加入後(1980年代前半)の曲で顕著である。また、SSTはDIY精神の先駆者であり、2011年現在もインディレーベルという存在そのものに影響を及ぼしている。
2013年に本格的に再結成することを発表。2バンドに分かれての再結成や、ヘンリー・ロリンズは参加しないことなどが話題を呼んだ[2]。
メンバー [編集]
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(2011年現在は、ディセンデンツ、オール、オンリークライムのメンバー、音楽プロデューサー)。
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ディスコグラフィー [編集]
- 1978 - Nervous Breakdown EP
- 1980 - Jealous Again EP
- 1981 - Six Pack EP
- 1981 - Louie Louie EP
- 1981 - Damaged
- 1981 - Licorice Pizza EP
- 1982 - TV Party EP
- 1982 - Everything Went Black
- 1983 - The First Four Years
- 1983 - My War
- 1984 - Family Man
- 1984 - Slip It In
- 1984 - Keep It In The Family EP
- 1984 - Live `84
- 1985 - Loose Nut
- 1985 - The Process Of Weeding Out EP
- 1985 - In My Head
- 1986 - Who's Got The 10½?
- 1987 - Annhilate This Week EP
- 1987 - Wasted...Again
- 1989 - I Can See You EP
脚注 [編集]
- ^ 『SST』とは『SOLID STATE TUNER』の略。この名称は、アマチュア無線の愛好家でもあったギンが、ラジオ部品を販売するために設立した会社であったことを示している。この事業でも、ギンは相応の成功を収めたという。
- ^ @niftyミュージック 2013年1月30日付記事 再結成ブラック・フラッグは2バンド!? ヘンリー・ロリンズはどちらにも参加せず