バンクーバーの日本人街

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バンクーバーの日本人街(―にほんじんがい)ではカナダブリティッシュコロンビア州バンクーバー市日本人街について解説する。

旧日本人街 (Japantown)[編集]

ジャパンタウン (Japantown) は以前チャイナタウンの北にあった日本人街でリトル横浜リトル東京とも呼ばれていた。

1900年代初頭、アジア排斥同盟によってチャイナタウンの一部が焼き払われ、日本人街も攻撃の警告を受けたが、住民たちはアジア排斥同盟のメンバーが商店を破壊しようとするのを防いだ。しかし、第二次世界大戦が始まると日系カナダ人はその財産を没収され、ノースウエスト準州イエローナイフなどでこう留された。その結果日本人街は衰退し日系人以外の住人が多くみられるようになった。戦後、日系カナダ人の何人かは日本人街に戻ったが一度衰えたコミュニティーは復活せず、ダウンタウンイーストサイドの一部となってしまった。しかし、現在でもパウエル通り沿いには仏教寺院や日系人のメソジスト教会、日本語学校など日本人街の名残がある。また、このエリアにあるオッペンハイマー公園では1976年から毎年夏にパウエル祭 (Powell Street Festival) が開かれている。パウエル祭では神輿や太鼓など日本にちなんだ催し物が行われる。

なお1980年代に日本料理店ブームが起こるまでバンクーバーの日本料理店はパウエル通りの二つのレストランだけであった。

新日本人街 (Little Ginza)[編集]

近年、日系の小売店やレストランはリトル銀座と呼ばれる新日本人街で発展している。リトル銀座は、アルバーニ通りとバラード通りの近く、ウエストエンドファイナンシャルディストリクトの間にある。新日本人街は、ここ20年ほどの間で高級レストラン、ダンスクラブ、カラオケバー、商店、ブティックなどが多数出店し、安価なデザイナーグッズやお土産を求める日本人観光客が増えている。 しかし、現在はそういった店は他の移民に買収されるなどされ、消滅した。

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