バルタサル・グラシアン

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バルタサール・グラシアン

バルタサール・グラシアン(Baltasar Gracián y Morales, 1601年1月8日スペイン・サラゴサ県のカラタユー地区(Comunidad de Calatayudベルモンテ・デ・グラシアンBelmonte de Gracián)生 - 1658年12月6日サラゴサ県タラソーナ没)は、スペインの黄金世紀の哲学者神学者イエズス会司祭で、教育的・哲学的な散文を数多く残した。彼の著作の中でも、『エル・クリティコン』(El Criticón、"あら探し屋"の意)は、『ドン・キホーテ』や『ラ・セレスティーナ』と並んで、スペイン文学における最も重要な作品の一つであるとされる。『処世神託』(『神託提要・処世の術』とも、Oráculo manual y arte de prudencia)の著者。

イエズス会神学校で教鞭を取る傍ら著述活動を始める。その著作は数々の哲学者や思想家に多大な影響を及ぼした。またスペインと、フランスとカタルーニャの連合軍との間で戦われたカタルーニャ反乱では、スペイン軍に従軍してカタルーニャで戦い、兵士達から「勝利の司祭」と呼ばれ慕われた。