バウツェン

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紋章 地図
Coat of arms of Bautzen Location of Bautzen in Germany
基本情報
連邦州: ザクセン州
行政管区: ドレスデン行政管区
郡: バウツェン郡
緯度経度: 北緯 51度10分53秒
東経 14度25分26秒
標高: 海抜 204 m
面積: 66.62 km²
人口:

39,607人(2013年12月31日現在) [1]

人口密度: 595 人/km²
郵便番号: 02625 (旧: 8601)
市外局番: 03591
ナンバープレート: BZ
自治体コード: 14 6 25 020
市の構成: 15市区
市庁舎の住所: Fleischmarkt 1
02625 Bautzen
ウェブサイト: www.bautzen.de
上級市長: クリスティアン・シュラム (Christian Schramm) (CDU)

バウツェンBautzen)は、ドイツ連邦共和国の都市。ザクセン州に属する。人口は約4万2千人(2006年)。ドイツ人のほかソルブ人も居住しており、ソルブ語ではブディシンBudyšin)と表記する。

地勢・産業[編集]

シュプレー川沿いの工業都市。チェコポーランドの国境に近接しており、チェコ国境まで南に約15キロ、ポーランド国境まで東に約40キロ程度。近隣の都市としては、約50キロ西のドレスデン、40キロ東のゲルリッツが挙げられる。ラウジッツ地方の都市である。

BZ-Friedensbrücke-NO.jpg

民族[編集]

民族劇場

バウツェンのあるラウジッツ地方(ウジツァ地方)は、ドイツ内の少数民族ソルブ人の居住地として知られている。この地域に居住するソルブ人にとって、バウツェンは政治・文化面における中心都市として重要な役割を果たしており、街にあるドイツ・ソルブ民族劇場(Deutsch-Sorbisches Volkstheater)では、ソルブ語で演劇や人形劇などが公演されている。しかし、学校教育でもソルブ語は導入されているが、若年層のソルブ語話者は減少しており、ソルブ文化の保護にとって大きな課題となっている。

歴史[編集]

旧市街地区
市庁舎

スラヴ人の集落がバウツェンの起源である。ポーランドとの抗争を経て、11世紀前半より神聖ローマ帝国の支配下におかれた。その後、ザクセンとベーメンなどがこの地をめぐって争い、14世紀前半にベーメン王国の支配下におかれ、17世紀よりザクセン公国の支配下に入った。1813年、この地でナポレオン1世とロシア・プロイセン連合軍が激戦を繰り広げ(バウツェンの戦い)、ナポレオンが勝利を収めた。1871年のドイツ統一にともなってドイツ帝国の一都市となった。第二次世界大戦では深刻な打撃を被るが、第二次世界大戦後に東ドイツのもとで復興が進められ、工業都市として発展した。その後、ドイツ再統一にともないドイツ連邦共和国の都市となるが、東西ドイツ統一後に国営企業の民営化、倒産や失業率の上昇などから人口流出が深刻となり、統一前と比べて約20%ほど人口が減少している。

交通[編集]

アウトバーンA4号線が通るほか、ドイツ鉄道、ラウジッツ鉄道を通じて各地の都市と結ばれている。

スポーツ[編集]

FSVブディッサ・バウツェン(FSV Budissa Bautzen)が、バウツェンを本拠地とするサッカークラブである。東ドイツ時代には、DDRオーバーリーガの下位リーグであるDDRリーガ(2部)に2シーズン在籍した。

姉妹都市[編集]

関連項目[編集]

引用[編集]

外部リンク[編集]