ノート:牟田口廉也/過去ログ4

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富永氏を似た例として紹介する記述について[編集]

加筆された方の会話ページにもメッセージを送りましたが、牟田口氏と富永氏とを似たケースであると示す出典が示されておらず、この状態が続くようであれば独自研究の疑いとして記述を除去するべきものと思われます。--Tiyoringo 2011年11月23日 (水) 06:09 (UTC)

第4航空軍司令官 陸軍中将 富永恭次の更迭と予備役編入について。「陸軍省人事局長の回想」(額田坦、昭和52年、芙蓉書房、162頁-163頁)
「富永中将の台湾転移については、その当時も問題になり、ただちに停職ついで予備役編入となったのであるで一言する。(中略)服部卓四郎著「大東亜戦争全史」から引用する。
『当時台湾には、内地からの補給飛行機が到着していたので、(四空)軍司令官は台湾において部隊の戦力を整備充実しつつ台湾を基地として、ルソン島の作戦に参加するのが戦況上至当であると信じ、その意見を十四方面軍司令官および南方軍総司令官に具申した。
昭和20年1月15日、(四空)軍司令官は方面軍から南方軍および中央に宛てたものと判断される四空軍の運用に関する電報を受領したので、先の意見具申は採用されたものと速断し、翌16日方面軍の命令を俟つことなく台湾に転進した。
陸軍中央部は、この行動をもって軍紀をみだり、高級指揮官としての徳義に悖るものとして憤激した。富永中将は直ちに予備役に編入された』
(額田註、(富永中将に)停職を命じて台湾において服務せしめ、後予備役に編入したのであった)」
なお、牟田口と富永が「似たケース」であると記述するには、「軍司令官に親補されていた中将が、いずれも罷免されて予備役編入・直ちに召集され、牟田口は予科士官学校長、富永は特設師団長という遥かに格下の職に補された」事実の摘示のみで十分と解しますので、本文では特に出典を示しておりません。記事牟田口廉也において、富永の軍歴についての出典表示が必要とは解しません。--Pooh456 2011年11月23日 (水) 10:00 (UTC)
さっそく根拠について提示していただきありがとうございます。ただ「似たケース」という着眼が出典に基づくものではないとすると、Pooh456さんによる独自の軍人分類ということにあたり、少なくとも本文中で解説するには不適当と考えます。関連項目とすることも厳しいのではないかと思います。--Tiyoringo 2011年11月23日 (水) 11:21 (UTC)
「富永と牟田口の軍歴が類似している」という「事実」を本文中に具体的に記載することが、Wikipedia:独自研究は載せないに抵触すると解するのは無理があるでしょう。私の加筆が、Wikipedia:独自研究は載せないのどの部分に抵触するとTiyoringoさんが解するのかを、具体的に摘示願います。--Pooh456 2011年11月23日 (水) 11:38 (UTC) 追記--Pooh456 2011年11月23日 (水) 11:46 (UTC)
「富永と牟田口の軍歴が類似している」という観点に着目し、例えば日本陸軍における軍司令官にあるまじき行為、として専門家に評されているならばともかく、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成にあたるでしょう。Wikipedia:独自研究は載せない#何が除外されるかにある、「オリジナルのアイデアを加筆する。」、「編集者が好む立場を支持するような形で、既存の事実、理念、意見、論証を分析・合成するような記述を、その記述の出典となる評判の良い資料を明記せずに加筆する。」に他なりません。--Tiyoringo 2011年11月23日 (水) 13:15 (UTC)

インデントを戻します。

Tiyoringoさんが摘示したWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成は、「AでありBである、ゆえにCである」という論証は、その記事の主題に関連する形で信頼できる情報源によって既に発表されている場合にのみ、掲載することができます。ということであると定義されています。

Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成について、具体的な2つの事例を示して「このような記述が、特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当します」と記載されていますが、要するに「AとBについて信頼できる情報源が示されていても、そこからCが真であると導けない場合には、Cが真であると直接に示す信頼できる情報源を示さねばならない」ということと解します。

今回の加筆は、要約すると「牟田口は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。富永は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。牟田口と富永の事例は共通している」となりますが、この加筆について「牟田口と富永の事例は共通している」についての出典を示す必要はないと解します。牟田口と富永の事例が共通しているのは、論理的に明らかだからです。

仮に、今回の加筆が「牟田口は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。富永は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。このような事例は、牟田口と富永の事例のみである」であれば、「このような事例は、牟田口と富永の事例のみである」についての出典を示さなければ、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当し、独自研究として排除されるでしょう。

Tiyoringoさんは、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成の解釈を誤っておられるのではないでしょうか?--Pooh456 2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)

共通点が2人の間にあったと考えられるとしても、そう取り上げた出典が何一つ示せないかぎりは、Pooh456さん独自の着眼点に過ぎず、Wikipedianの個人的考えの発表にしかあたりません。出典を示さずとも共通点があればよいというのであれば、戦闘により失明した人物、義足を使用することとなった人物、軍法会議にかけられた人物など、捕虜となった人物など、どのような定義でも執筆者の視点により加筆が可能となりますが、Wikipediaはそのような場ではないでしょう。発表済みの合成の例などは実例の1つに過ぎません。これ以上議論しても平行線と思われますので第三者の意見がもらえるようWikipedia:コメント依頼に提出いたします。--Tiyoringo 2011年11月23日 (水) 15:31 (UTC)
「戦闘により失明した人物、義足を使用することとなった人物、軍法会議にかけられた人物など、捕虜となった人物など、どのような定義でも執筆者の視点により加筆が可能となりますが、Wikipediaはそのような場ではないでしょう」
例えば「山本五十六は日本海海戦で左手の指2本を失ったが、現役海軍士官として勤務を続けた。塚原二四三は支那事変での戦闘中に左腕を失ったが、現役海軍士官として勤務を続けた。戦闘で重傷を負った後も現役海軍士官として勤務を続けた事例として共通している」という記述は「独自研究」に当たらず、Wikipediaに記載して支障ないですね。Tiyoringoさんとのこれ以上の議論は平行線になると思われます。--Pooh456 2011年11月23日 (水) 15:55 (UTC)
だったら井上成美も、左遷され敵前逃亡した富永と同じだと編集しますが文句はありませんね。--122.16.166.11 2011年11月23日 (水) 17:00 (UTC)
議論に参加する以上、論理的な意見表明を願います。ソックパペット行為(多重アカウントの不正使用)と疑われるような行為も慎んで下さい。Wikipedia:多重アカウントを参照のこと。--Pooh456 2011年11月24日 (木) 01:47 (UTC)

(インデント戻す)
『「このような事例は、牟田口と富永の事例のみである」についての出典を示さなければ、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当し、独自研究として排除されるでしょう。』とのことですが、牟田口と富永がそのような特異な事例でない場合、富永について言及すべき特筆性に欠けるのではないかと思いました。--Snlf1 2011年11月26日 (土) 06:12 (UTC)

「特筆性」についてはWikipedia:特筆性「このような特筆性に関するガイドラインは、記事の主題が、百科事典においてそれ自身の単独の記事が作成されることが適切かどうかについて述べているものです」と示されております。
今回のTiyoringoさんによる「富永氏を似た例として紹介する記述について」という問題提起とは無関係ではないでしょうか。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)
たしかにWikipedia:特筆性に直接は該当しませんね、失礼しました。申上げたいのは、特異事例で無いなら、主題との関連性が薄いんじゃないかということです。例えば「同じく陸軍将官の宇都宮太郎は同じ佐賀の出身である」という記述は検証可能でしょうが、牟田口の記事に書くべきかでいえば不適当な感じがします。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんの趣旨からすると、主題との関連性が曖昧な情報の記述は好ましくないかなと。逆に、ことさらに書くことで、特異事例であるのだと読者に思わせ「特定の観点の推進」につながるおそれも高いですし。--Snlf1 2011年11月27日 (日) 08:14 (UTC)
Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんで例示されている事例を見ると、「『常識的に考えて、書く必要のないこと』は書かない」という趣旨のようですね。失礼ですが、当該項目の趣旨を取り違えておられませんか?
今回の問題提起「富永氏を似た例として紹介する記述について」におけるTiyoringoさんによるPooh456の編集はWikipediaのガイドラインに反し、除去されるべきであるという問題提起については、この辺で「否」という結論が出たのではないでしょうか。私の編集を除去するとすれば、Wikipedia:過剰な内容の整理の手続を踏まなければ無理なように思いますが、本記事牟田口廉也は、その手続を行うべき状況にはないと解します。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 10:35 (UTC) 改訂--Pooh456 2011年11月27日 (日) 10:54 (UTC)
どうもPooh456さんは結論を急ぎすぎるように思います。十分な人数による意見が出たわけでもなく、このような短期間で否という結論が出たと解釈するのはどうかなと思います。牟田口氏と富永氏の経歴に似たところがあるというのは、Poohさんが発見したことにしか根拠がなくトリビア的な記述でしかありません。単に共通点があること以外に執筆すべき根拠が示せないのは同じ上官につかえた人物などを羅列するのと同様です。凡将として双璧をなすと評価されているようなものが示されるのでなければ記述は不適切でしょう。--Tiyoringo 2011年11月27日 (日) 11:57 (UTC)
Tiyoringoさんがこの問題提起をしたのは、私の編集について「独自研究の疑いとして記述を除去するべきものと思われます」と判断したからですね?
しかるに、私の編集がWikipedia:独自研究は載せないに抵触するとTiyoringoさんが示せず、現時点で示した他の方もおられません。その他に、Wikipediaのルールを摘示して「Pooh456の編集による記述は除去されるべき」と示した方もおられません。よって、
今回の問題提起「富永氏を似た例として紹介する記述について」におけるTiyoringoさんによるPooh456の編集はWikipediaのガイドラインに反し、除去されるべきであるという問題提起については、この辺で「否」という結論が出たのではないでしょうか。
と述べた次第ですが。
なお、Tiyoringoさんは「・・・記述は不適切でしょう」と発言なさいましたが、ご発言の際には、根拠としてWikipediaのルールを摘示願います。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 13:07 (UTC)
このノートで、2回、IPユーザーが不規則発言を行っていますが、2回とも、Tiyoringoさんのご発言の少し後です。
122.16.166.11 2011年11月23日 (水) 17:00 (UTC)
122.26.207.120 2011年11月27日 (日) 12:16 (UTC)
また、私が多くの編集を行った記事井上成美に、やはりIPユーザーが編集を行いました。Wikipedia:独自研究は載せないに抵触する編集でしたので、ノート:井上成美にその旨を記した上で、コメントアウトを行いました。その後、他のWikipedian、及び当該IPユーザーは沈黙しています。
記事井上成美に編集を行ったIPユーザー: 122.21.244.171 2011年11月24日 (木) 15:34‎ (UTC)
上記の3つのIPアドレスは、いずれもOCNでした。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 13:37 (UTC)

左遷された軍人など数限りなく、あえて富永を例に出す根拠は何もない。単な陸軍悪玉論を宣伝したいが為の作為に満ちた編集でしかないですね。--122.26.207.120 2011年11月27日 (日) 12:16 (UTC)

議論に参加する以上、論理的な意見表明を願います。ソックパペット行為(多重アカウントの不正使用)と疑われるような行為も慎んで下さい。Wikipedia:多重アカウントを参照のこと。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 13:07 (UTC)

コメントTiyoringo氏の観点とは異なるでしょうが、気になった点を。牟田口の「生涯」の中に、突如として富永が例示されるのには違和感があります。牟田口と富永の関連性が出典の主張によって強調されているならまだしも、何の出典もない時点でWP:NOTに抵触する類の記述とみなされて当然でしょう。この辺りはすでにSnlf1氏が指摘されていて、当方も賛同するものです。Tiyoringo氏の問題提起とは違うとしても、記載への反対がないとはいえません。少なくとも当方は、富永の記載は不適切と判断します。--Wikied 2011年11月27日 (日) 14:08 (UTC)

WP:NOTに抵触する類の記述とみなされて当然でしょうとは、もう少し分りやすい日本語にするとWikipedia:ウィキペディアは何ではないかに抵触する類の記述とみなされて当然でしょうになると思いますが、それがどのような論理構成で、Wikiedさんの結論
少なくとも当方は、富永の記載は不適切と判断します。
に帰結するのか全く理解できません。そして、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかは、Wikipediaの理念を示すものであり、編集を取り消し・除去出来る根拠になるのは、Wikipedia:方針とガイドラインの一覧にある方針とガイドラインに抵触する場合であると解します。私の編集が、どの「方針とガイドライン」に、どのように抵触するのか、根拠となるWikipediaのルールを摘示した上で意見を具体的に表明願います。
現状ですとWikiedさんは
少なくとも当方は、富永の記載は不適切と判断します
と言っておられるのみ、と解します。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 14:32 (UTC) 修正 --Pooh456 2011年11月27日 (日) 14:43 (UTC)
コメント恐れ入ります。牟田口と富永の関連性が出典によって指摘されているわけでもないのに当該部へ記載されるのは、Pooh456氏の何らかの意見表明にみえるからです。また、記述の除去は文章構成の観点からも可能です。先に当該部への違和感を示したとおり、牟田口の生涯ひいては記事に富永を取り上げる必要を感じません。富永を取り上げる意味があるというなら、それは出典による指摘でなければ、Tiyoringo氏と同じく、独自研究の惧れを禁じえません。--Wikied 2011年11月27日 (日) 15:03 (UTC) 修正--Wikied 2011年11月27日 (日) 15:06 (UTC)
早々のご返答有難うございます。Tiyoringoさんに申し上げたことと重なりますが、
「牟田口は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。富永は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた。牟田口と富永の事例は共通している」となりますが、この加筆について「牟田口と富永の事例は共通している」についての出典を示す必要はないと解します。牟田口と富永の事例が共通しているのは、論理的に明らかだからです。
という論理により、Wikipedia:独自研究は載せないに抵触しない、と考えます。
なお、「突如として富永が例示されるのには違和感があります」というWikiedさんのご指摘ですが、1944年(昭和19年)から1945年(昭和20年)において、軍司令官に親補されていた中将が、罷免・予備役編入・召集という厳しい懲罰人事を受けた、という事例が、牟田口の他にも存在することを具体的に記述することは、記事牟田口廉也の趣旨に沿っていると解します。
また「記述の除去は文章構成の観点からも可能です」と述べておられますが、どの「Wikipediaのルール」を根拠にしているのか摘示願います。--Pooh456 2011年11月27日 (日) 15:28 (UTC)
コメント「牟田口と富永の事例が共通しているのは」云々という点を問題にしているのではありません。牟田口と富永の共通項が、本記事に記載される理由がないと申しています。「牟田口の他に例がない」という指摘があるなら、対論として出典とともに示す余地はあるのかもしれませんけれども、現状では貴方の意見表明にみえるのです。
それから、申し遅れましたが、リンク富永恭次#敵前逃亡が長期にわたって要出典タグだらけであることも懸念の一つです。
構成上違和感があるというのはルールに基づく判断ではありません。記述の除去(編集)は(明文化された方針の下での)ユーザーの裁量であって、合意形成の多くはこの裁量部分で行われるものと考えています。
当方は現段階では、Pooh456氏の当該部記載理由には合意しかねるということです。--Wikied 2011年11月27日 (日) 16:09 (UTC)
牟田口と富永の共通項が、本記事に記載される理由がないと申しています。「牟田口の他に例がない」という指摘があるなら、対論として出典とともに示す余地はあるのかもしれませんけれども、現状では貴方の意見表明にみえるのです。
構成上違和感があるというのはルールに基づく判断ではありません。記述の除去(編集)は(明文化された方針の下での)ユーザーの裁量であって、合意形成の多くはこの裁量部分で行われるものと考えています。
いずれも、根拠となるルールは摘示できない、ということですね。私としても、「Pooh456の編集がWikipediaのルールに抵触する」という合理的な指摘があれば、そのルールに従って私の編集が除去されても止むを得ないと考えますが、現状はそうなっていないようです。この牟田口廉也で編集の強行と除去が繰返されるのも、その対象になる編集が、Wikipediaのルール、主にWikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないに抵触しているからですね。
リンク富永恭次#敵前逃亡が長期にわたって要出典タグだらけであることも懸念の一つですというご指摘ですが、「富永は罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」事実につき、Wikipedia:検証可能性を満たすことができますので問題となりません。--Pooh456 2011年11月28日 (月) 00:40 (UTC)

(インデント戻し)◆コメント依頼から来ました。まずPooh456さんの『牟田口・富永両氏は「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という共通点がある』という主張は、「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という部分が既にWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成になっています。むろんこうした不適切な情報の合成によって導き出された「共通性」は「論理的に明らか」とはいえません。適切な出典が御提示いただけないのであれば記述は除去されるべきだと考えます。次に「特筆性」についてですが、Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性に、「百科事典の記事は、その主題に関する一般的な知識の概要であるということを心に留めておいてください。可能な限り全ての詳細なものを完璧に説明するものではありません」とあるとおり記事「牟田口廉也」に富永氏との関連性を紹介することは、記事の主題である牟田口廉也氏を理解するうえでどれほどの意味(重要性)があるのでしょうか? この点については記載を望むPooh456さんにご説明していただく必要があります。--M_aisawa 2011年11月28日 (月) 12:42 (UTC)

「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という部分が既にWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成になっています
「なっています」と断言していますが、M_aisawaさんが断言するだけでは説得力がありません。論理的に説明願います。
Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性に・・・
2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に、
「特筆性」についてはWikipedia:特筆性「このような特筆性に関するガイドラインは、記事の主題が、百科事典においてそれ自身の単独の記事が作成されることが適切かどうかについて述べているものです」と示されております。
と示しております。私がいつ「単独の記事」を作ったのでしょうか?Wikipedia:特筆性をよく読まれてから意見表明願います。--Pooh456 2011年11月28日 (月) 13:26 (UTC)
(競合しましたがとりあえずそのまま)◆Pooh456さんに逆にお聞きします。「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という記述に出典を示すことは可能ですか? 「停職ついで予備役編入となったこと」「その後召集されたこと」「その際の補された職」さらに「これらを含めて懲罰人事と評価すること」について個別の出典を寄せ集めて合成された筋書きではなく、「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」ことが直接読み取れる出典です。次に「特筆性」については、私が提示したWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性をきちんと確認してください。--M_aisawa 2011年11月28日 (月) 15:28 (UTC)
「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という記述に出典を示すことは可能ですか?
「陸軍省人事局長の回想」額田坦半藤一利・保阪正康 共著、昭和52年、芙蓉書房、162頁-163頁。「昭和の名将と愚将」、平成20年、文春新書、246頁。
「停職ついで予備役編入となったこと」「その後召集されたこと」「その際の補された職」さらに「これらを含めて懲罰人事と評価すること」について個別の出典を寄せ集めて合成された筋書きではなく、「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」ことが直接読み取れる出典です。
ガイドラインWikipedia:検証可能性およびWikipedia:独自研究は載せないには、M_aisawaさんが上記のように主張する根拠は存在しないようです。--Pooh456 2011年11月29日 (火) 01:20 (UTC)/書式訂正--Pooh456 2011年11月29日 (火) 01:32 (UTC)
◆出典の御提示ありがとうございます。残念ながら「陸軍省人事局長の回想」はすぐに確認できませんがこの節の冒頭にPooh456さんが提示された引用箇所のことでしょうか? 続きがあるのであれば内容を確認するまでに少々時間をいただくことになりますがご容赦ください。なお、現在確認できている「陸軍省人事局長の回想」の引用箇所と「昭和の名将と愚将」を見る限り「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」と読み取れる記述にはなっておりません。
つぎに、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成には『「AでありBである、ゆえにCである」という論証は、その記事の主題に関連する形で信頼できる情報源によって既に発表されている場合にのみ、掲載することができます』と明記されています。これは「(AとBについて信頼できる情報源が示されていても)「AでありBである、ゆえにCである」という(その記事の主題に関連する形で信頼できる情報源による)出典がなければ掲載できない」と解されます。Pooh456さんが示された解釈「AとBについて信頼できる情報源が示されていても、そこからCが真であると導けない場合には、Cが真であると直接に示す信頼できる情報源を示さねばならない」は明らかにおかしくないですか?
最後にWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性は確認していただけましたか? --M_aisawa 2011年11月29日 (火) 13:52 (UTC)
「陸軍省人事局長の回想」はすぐに確認できませんがこの節の冒頭にPooh456さんが提示された引用箇所のことでしょうか?
その通りです。特に「つづき」はありません。
なお、現在確認できている「陸軍省人事局長の回想」の引用箇所と「昭和の名将と愚将」を見る限り「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」と読み取れる記述にはなっておりません。
そうですか?では、どのように読み取れるでしょうか?M_aisawaさんが妥当と考える記述例を示して頂ければ幸いです。
Cが真であると直接に示す信頼できる情報源を示さねばならない」は明らかにおかしくないですか?
Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成で、例示されている「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」の2つの事例を見て、そのように解釈しております。2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)に示している通りです。
最後にWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性は確認していただけましたか?
確認しております。Wikipedia:特筆性については、このガイドラインを持ち出す場面でないことは、2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に示しております。--Pooh456 2011年11月30日 (水) 00:25 (UTC)
本文の当該部分の出典表示に、文献を2点(「ソ連が満洲に侵攻した夏」、「関東軍」)加えました。「召集を経て、根こそぎ動員で満洲に新設された第139師団の師団長として最前線に出されている」記述の出典を強化する意味です。その上で記述を校訂し、出典表示の位置を調整し、富永恭次#敵前逃亡へのWikipedia内部リンクを除去しました。--Pooh456 2011年11月30日 (水) 01:58 (UTC)/修正--Pooh456 2011年11月30日 (水) 03:04 (UTC)
◆返事が遅くなりましたが、最近急に忙しくなって時間がとれなくなったため今日も一部分のみと返信となります。(追加された出典の確認も含めて残りの部分は改めて返答します)
Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に対するPooh456さんの解釈ですが、二点誤りを指摘させていただきます。まず第一に、例示はあくまで例示にすぎずそこに全てが含まれているとは限りません。例示と同様の事例は「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」に該当するといえますが、例示と異なる事例は「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」には該当しないとは言い切れません。要するに「必要条件」満たしているが、「十分条件」まで満たしているとは言い切れないわけです。よって、示された事例だけを根拠にWikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成を解釈されたのであればそれは不十分な解釈です。前回も指摘したとおり事例が紹介されている前のいわば本文とも言うべき部分に、『「AでありBである、ゆえにCである」という論証は、その記事の主題に関連する形で信頼できる情報源によって既に発表されている場合にのみ、掲載することができます』と明記されています。どこを見ても「出典を示さなくてもよい事例」など見当たりません。第二に示された二つの事例をどのように解釈したら「AとBについて信頼できる情報源が示されていても、そこからCが真であると導けない場合には、Cが真であると直接に示す信頼できる情報源を示さねばならない」という解釈に結びつくのか理解できません。二つの事例のうち前者は、信頼できる情報源によって既に発表された事象A、Bから一見論理的に導き出された事象Cだが、未知の事象A'、B'により事象Cと相反する事象C'が示される可能性もあり、事象A、Bと事象C(あるいは事象A'、B'と事象C')は出典なしに結びつけて論じるべきでないということです。後者の事例は、事象A、B、Cそれぞれ個別に事実として検証できたとしても、それぞれの関連性に出典がないならそれぞれを関連づけて論じてはならないという内容です。いずれの場合においても事象A、Bから事象Cを論理的に導き出そうとすること自体、独自研究として排除されるべきだと読み取れます。
またWikipedia:特筆性は立項基準(新しく記事を作る際のガイドライン)でありますが、Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性の節に『百科事典的な概要を書く上で、どれぐらい詳細に書く必要があるのかといったレベルを説明するための「重要性」という意味でも使われます。 各記述は、その重要性に従って適切な重みをかけて扱ってください。 どこまで詳細に説明するか、記述の量、その記述の目立ち方や同等の記述を書く場合の順番など、記述の重みが偏りがちな点については、その重みのかけ方に注意してください』とあるように、記事の主題に対してどれほど重要な記述なのかという点に関しては特筆性という単語を用いて議論されます。私やWikiedさんが指摘している点はこの部分であり、Wikipedia:特筆性が立項基準であることを理由にこの議論に応じないのは適切な対応とはいえません。--M_aisawa 2011年12月5日 (月) 17:25 (UTC)
◆出典に対する解釈について。「陸軍省人事局長の回想」には、「ただちに停職ついで予備役編入」としか書かれていません。「昭和の名将と愚将」では『冨永は台湾に逃げたあとは予備役に追いやられて、その後すぐ召集され、主力が南方に転出した後の満州の関東軍へ行かされました。シベリアに抑留されて、帰国したのは昭和三十年でしたか』(原文のまま引用)と書かれていますが、対談形式で語られているため個々の事実は確認できてもその因果関係は直接読み取ることができません。「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」と解釈できないこともないかもしれませんが、単に冨永氏の境遇を語っているとも読み取れます。
最後に「陸海軍戦史に学ぶ負ける組織と日本人」の記述は、要約すると「より重い処罰を受けてもおかしくない状況でも予備役編入で済まされた」としており、職を解かれて予備役に編入されたこと自体が処罰であるとしか読み取れません。その後召集されたことはその事実しか書かれておらず、その論調や最後に信賞必罰以前の話と結論づけていることから、むしろ「職を解かれて予備役に編入するという甘い処罰をさらに減じているに等しい」と指摘していると解釈できます。Pooh456さんが主張されるような「罷免・予備役編入の上で、召集されてランクの低い職に補される懲罰人事を受けた」という解釈に結びつく記述にはなっていません。あえて処遇に対する両者の共通点をまとめるなら「職を解かれて予備役に編入するという甘い処罰で済まされたうえ、すぐに召集され現場に復帰するという実質的な減刑措置が取られた」といったところです。--M_aisawa 2011年12月6日 (火) 22:10 (UTC)
M_aisawaさんの言いたいことは「どの出典にも「罷免」という単語と職の格に関する記述はありません」に要約されるようですので、それについてコメントします。
1)第4航空軍司令官であった富永が停職・予備役編入となったのは、『陸軍省人事局長の回想』に書いてある通りですが。M_aisawaが何を問題視しているのか理解できません。
2)富永は予備役編入後に直ちに召集されて第139師団長に補されていますが、帝国陸軍で、軍司令官が師団長より上級の職であるのは明白な事実です。「検証可能な出典を示せ」と言うのでしたら、『ソ連が満洲に侵攻した夏』104頁を摘示しておきます。
M_aisawaさんが2011年12月5日 (月) 17:25 (UTC)に示した「Wikipediaガイドラインの解釈」については「M_aisawaさんの意見には同意できません」と申し上げておきます。--Pooh456 2011年12月7日 (水) 06:06 (UTC)
◆もしかして要約欄の記述だけで「M_aisawaの言いたいこと」を判断なさっておられるなら、本文までちゃんと読んで判断してください、とお願いしておきます。また、「M_aisawaの意見には同意できない」と意思表示をするだけでは何の意味もありません。私はPooh456さんの見解に異を唱える際にはその理由を明示しています。反論があるなら理由を示してください。合意形成のためには不可欠なプロセスです。--M_aisawa 2011年12月13日 (火) 15:24 (UTC)
この節の末尾に、M_aisawaさんの最終書き込みを転記して、Pooh456の回答を書きます。--Pooh456 2011年12月15日 (木) 12:13 (UTC)
コメント勘違いしないでいただきたいのですが、当方はPooh456氏の編集はWP:NOTに抵触していると考えている点です。そのうえで、編集者の裁量としても、当方は削除に値する記述であると考えていると示しました。
出典がないものを記載するためには、合意を得るための説明、出典に基づく場合に比べて、より明快な説明が必要です。その説明は記載希望者がするべきもので、削除する側へ論理的にとか、ガイドライン等と迫るのは本末転倒です。
当方もコメント依頼から来ましたが、Pooh456氏以外の方々の認識・指摘には共通した部分が少なくありません。この点を考慮いただけると幸いです。--Wikied 2011年11月28日 (月) 14:05 (UTC)修正--Wikied 2011年11月28日 (月) 14:07 (UTC)
削除する側へ論理的にとか、ガイドライン等と迫るのは本末転倒です
「Pooh456の編集は、ガイドラインXXに、このように抵触するので、削除されるべきです」と具体的に示すのが、「削除する側」の義務と解しております。--Pooh456 2011年11月28日 (月) 14:15 (UTC)
コメント貴方がそのようにお考えでも、出典がないことが発端となっている時点でWP:Vが勘案されるのは当然ですし、これまでに複数の指摘(WP:NOTWP:NOR等々)が出ているのではありませんか。当方も根拠は示したつもりです。--Wikied 2011年11月28日 (月) 14:22 (UTC)
WP:Vなどと略語は使わずに、Wikipedia:検証可能性と日本語で書く方が第三者が理解し易いと思いますので留意願います。また、発言は具体的にお願いします。--Pooh456 2011年11月29日 (火) 01:20 (UTC)
コメント掲載を希望しているのは今のところPooh456氏だけで、Wikipedia:検証可能性に基づいた説明を求めても、体裁の問題を指摘して逃げるばかりです。Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性に関する説明がなく、合意不可能です。繰り返しになりますが、当方は、出典もなく構成上も違和感のある貴方の記述は除去すべきと考えています。
なお、該当部は掲載を希望する(唯一の)ユーザーから検証可能性を満たす出典が示されない(掲載維持の理由がない)ため、コメントアウトします。--Wikied 2011年11月29日 (火) 07:21 (UTC)
貴殿の勝手な判断による強行編集は許されないと解しますので、旧版への巻き戻しを行いました。--Pooh456 2011年11月29日 (火) 07:37 (UTC)
出典記載がないのが気に入らないようですので、富永恭次についての記載部分に出典を追記しておきました。--Pooh456 2011年11月29日 (火) 07:51 (UTC)
一部出典を示したところで、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性での合意は得られないでしょう(どちらが強行編集なのだか)。Pooh456氏の勝手な判断による記載がいつまで続くのかわかりませんが、説明責任、合意形成への義務は果たしてくださいますようお願いいたします。--Wikied 2011年11月29日 (火) 07:58 (UTC)追記--Wikied 2011年11月29日 (火) 08:04 (UTC)
私の編集が、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当しないことは、2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)に示しております。Wikipedia:特筆性をそもそも持ち出す場面でないことは、2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に示しております。説明責任、合意形成への義務は既に果たしていると解します。--Pooh456 2011年11月29日 (火) 08:13 (UTC)
Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成にに対するPooh456さんの見解については先ほど明確に異議を唱えさせていただきました。また、Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性については繰り返し指摘しているにもかかわらず当該節を確認もされていないのでしょうか? 現状Pooh456さんが説明責任、合意形成への義務は既に果たしているとはとてもいえない状況です。ついでに申し上げておきますと、「必要条件」と「十分条件」の違いをきちんと理解しておられますか? --M_aisawa 2011年11月29日 (火) 13:59 (UTC)
M_aisawaさんへ。概ね先の項目で回答しておりますので重ねては答えません。2箇所で発言を継続するのではなく、発言は一箇所に絞って頂けますと助かります。「必要条件」と「十分条件」については普通に理解しているつもりですが、本件についてそれがどのように影響するのでしょうか?--Pooh456 2011年11月30日 (水) 00:25 (UTC)
コメント個人の経歴は数学とは異なりますので「Pooh456氏の記載は独自研究に抵触する」側の見解に賛成します。どうしても掲載を希望されるなら「牟田口と富永は同じ貉の面汚しだ」と指摘している座談会でも探される方が明快でしょう。編集者が経歴に共通性を定義して人物を次々挙げはじめたらきりがありません。厳密に言ってしまうなら比較の条件に「中将に補職」と「降格処分」をセットで並べたのはPooh456氏の意向ですよね?ということです。また、Wikied氏の言われるように略号の使用は本論に関係のないことですし認められているものです。岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2011年11月30日 (水) 15:45 (UTC)
私の編集が、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当しないことは、2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)に示しております。
「「Pooh456氏の記載は独自研究に抵触する」側の見解に賛成します」という「同意表明」ではなく「Pooh456の編集は、ガイドラインXXに、このように抵触するので、削除されるべきです」といった、「具体的・論理的な意見表明」を願います。
「また、Wikied氏の言われるように略号の使用は本論に関係のないことですし認められているものです」とのことですが、当方はWP:Vなどと略語は使わずに、Wikipedia:検証可能性と日本語で書く方が第三者が理解し易いと思いますので留意願いますと「第三者が理解しやすいように日本語で書いて下さい」と注意喚起しているだけです。無用に議論を拡散させないよう願います。--Pooh456 2011年12月1日 (木) 00:52 (UTC)

牟田口と富永の懲罰人事(予備役編入、召集、格下の職に補任)を並列して記述している文献を示します。藤井非三四『陸海軍戦史に学ぶ巻ける組織と日本人』集英社新書、2008年、87-88頁。出典として本文に追記しておきます。--Pooh456 2011年12月1日 (木) 04:09 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月1日 (木) 06:34 (UTC)

>私の編集が、Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成に該当しないことは、2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)に示しております。
その書き込みも読みましたが貴方の定義に包含される集合から富永のみ抽出する場合は出典が必要と考えますので。あくまで両者は異なる人格を持った別人です。加えて両者とも帝国陸軍内外から多くの評価が存在しています。「何が除外されるか」も踏まえれば編集に慎重を期すのは当然です。
ただし、今回は両者に共通性を見出す観点を記載した文献を提示なされましたので、本文で富永に言及すること自体は問題無くなったと捉えております。また、牟田口を弁護する出典の加筆も頂きましたことは感謝いたします。岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM 2011年12月1日 (木) 15:50 (UTC)
岩見浩造さん、ご意見有難うございました。今回、いろいろとありましたが、結果としては本記事牟田口廉也を充実させることが出来たようで嬉しく思います。--Pooh456 2011年12月2日 (金) 00:27 (UTC)

(上から転記) ◆もしかして要約欄の記述だけで「M_aisawaの言いたいこと」を判断なさっておられるなら、本文までちゃんと読んで判断してください、とお願いしておきます。また、「M_aisawaの意見には同意できない」と意思表示をするだけでは何の意味もありません。私はPooh456さんの見解に異を唱える際にはその理由を明示しています。反論があるなら理由を示してください。合意形成のためには不可欠なプロセスです。--M_aisawa 2011年12月13日 (火) 15:24 (UTC)

「M_aisawaさんが2011年12月5日 (月) 17:25 (UTC)に示した「Wikipediaガイドラインの解釈」については「M_aisawaさんの意見には同意できません」と申し上げておきます。--Pooh456 2011年12月7日 (水) 06:06 (UTC):と回答した件につき「、「M_aisawaの意見には同意できない」と意思表示をするだけでは何の意味もありません」という批判を頂きましたが、上記のように回答したのは、同じことの繰り返しになるためです。
当方としては「M_aisawaさんが2011年12月5日 (月) 17:25 (UTC)に示した『Wikipediaガイドラインの解釈』」については、2011年11月30日 (水) 00:25 (UTC)に書いた見解を繰返すことになります。
Wikipedia:独自研究は載せない#特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成で、例示されている「特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成」の2つの事例を見て、そのように解釈しております。2011年11月23日 (水) 15:05 (UTC)に示している通りです。
Wikipedia:特筆性については、このガイドラインを持ち出す場面でないことは、2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に示しております。
Pooh456が「ガイドラインでこのように示されております」と示すと、M_aisawaさんが「ガイドラインの例示はあくまで『必要条件』でしかない」「Wikipedia:特筆性が立項基準であるのは確かだが、違う解釈もできる」と反論してくるのでは、ガイドラインがM_aisawaさんの望むように変らない限り、意見の一致を見るのは難しいでしょう。
私の加筆部分については、Wikipedia:原典のコピーはしないに即して書いております。--Pooh456 2011年12月15日 (木) 12:13 (UTC)/(修正)--Pooh456 2011年12月15日 (木) 12:25 (UTC)
Wikipedia:合意形成#合意に向けた作業合意に向けた議論は常に「理由」を示して「相手を説得する」努力が求められますとあるとおり、私はPooh456さんの見解に異を唱える際その理由を示しましたが、Pooh456さんは私の見解に対して反論ではなく無視という不誠実な方法で対処されています。意見の一致を見るのが難しい理由を「M_aisawaが反論するから」と主張しておられますが、「理由」を示して「相手を説得する」努力をあっさりと放棄されたPooh456さんの対話姿勢に問題があるのではないでしょうか。また、私は再三にわたってWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性と節を指定しているにもかかわらず、いつまでもWikipedia:特筆性と繰り返されるのは何故でしょうか? 
なお、下の方で再燃しているWikipedia:ウィキペディアは何ではないかに関する議論に絡んで2011年11月27日 (日) 14:32 (UTC)に示された「Wikipediaの理念を示すものであり、編集を取り消し・除去出来る根拠になるのは、Wikipedia:方針とガイドラインの一覧にある方針とガイドラインに抵触する場合であると解します」というPooh456さんの見解にも一言指摘しておきます。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかはWikipediaの方針としてWikipedia:方針とガイドラインの一覧に収録されていますし、何よりこれを理念と解釈するなら「理念に反する記述は除去されるべき」であり、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかを論拠として記述の除去を議論すべきでないという解釈には繋がりません。--M_aisawa 2011年12月19日 (月) 17:10 (UTC)

富永中将と同じと生涯の項目に書かれていますが、これは生涯の項目でなく、人物、評価項目へ移したほうがいいと思うのですが。--Kamkamkam 2011年12月17日 (土) 18:48 (UTC)

(1) M_aisawaさんへ。
私は再三にわたってWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性と節を指定しているにもかかわらず、いつまでもWikipedia:特筆性と繰り返されるのは何故でしょうか?
M_aisawaさんが指定する「節」Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性が、ガイドラインWikipedia:特筆性に従属するからです。何か疑問がありますか?
Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかはWikipediaの方針としてWikipedia:方針とガイドラインの一覧に収録されていますし、何よりこれを理念と解釈するなら「理念に反する記述は除去されるべき」であり、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかを論拠として記述の除去を議論すべきでないという解釈には繋がりません。
上記はM_aisawaさんの「意見」ですね。
Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:独自研究は載せない (NOR) は、ウィキペディアの内容に関する三大方針の1つです。他の2つの方針は「Wikipedia:中立的な観点」 (NPOV)と「Wikipedia:検証可能性」 (V)です。これらの方針は相互補完的なもので、あわせてウィキペディアの標準名前空間の記事に掲載してよい情報のタイプと質を規定していますので、個別に解釈されるべきではなく、編集者は3つ全てを十分に理解しておくことが望まれます。
と示されております。
(2) Kamkamkamさんへ
富永中将と同じと生涯の項目に書かれていますが、これは生涯の項目でなく、人物、評価項目へ移したほうがいいと思うのですが。
現状の場所に記述する方が、収まりが良いと思います。--Pooh456 2011年12月20日 (火) 03:14 (UTC)
◆Pooh456さんはWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性に書いてある文章を読み、その内容を理解されていますか? 記事の内容に関する議論ではWikipedia:特筆性は直接は関係しませんが、一方で「特筆性」という単語を使用した議論を妨げてはいません。Snlf1さんが最初に「特筆性」という単語を使用した際、Wikipedia:特筆性を持ち出したのはPooh456さんですがこの解釈がそもそも適切ではありません。
また、内容に関する三大方針の構成に関する一文を引用されていますが、ここでは全く関係ない内容です。何を主張されたいのか意味不明です。「ウィキペディアの内容に関する三大方針であるWikipedia:独自研究は載せない Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:検証可能性の三つは相互に補完しながらウィキペディアの標準名前空間の記事に掲載してよい情報のタイプと質を規定しているので、三つの方針をそれぞれ個別に解釈するのではなく、三つをまとめて理解するようにしてください」と書かれていますが、これがWikipedia:ウィキペディアは何ではないかとどのように関わってくるとお考えですか?--M_aisawa 2011年12月26日 (月) 15:23 (UTC)

M_aisawaさんは前の発言で私は再三にわたってWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性と節を指定しているにもかかわらず、いつまでもWikipedia:特筆性と繰り返されるのは何故でしょうか?と、ご自分がWikipediaのガイドラインWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性に依拠して論じている、と述べておられますね。

しかるに、今回の発言で記事の内容に関する議論ではWikipedia:特筆性は直接は関係しませんが、一方で「特筆性」という単語を使用した議論を妨げてはいません。Snlf1さんが最初に「特筆性」という単語を使用した際、Wikipedia:特筆性を持ち出したのはPooh456さんですがこの解釈がそもそも適切ではありませんと、「自分はWikipediaのガイドラインに依拠せずに論じている」と仰っているようですが、私には、M_aisawaさんの論理展開は「自己撞着」「矛盾」としか捉えられません。

なお、「特筆性」という熟語は広辞苑に掲載されていず、一般的な日本語ではないと解されます。Wikipediaのガイドライン特筆性に依拠せずに論じるのであれば、使うべき言葉ではないでしょう。

ところで、M_aisawaさんは、Wikipediaのガイドラインに依拠せずに議論を続けたいというご意向のようですが、Wikipedia:ノートでは「各記事ページに用意されているノートページは、主ページの記事についての対話の場であり、百科事典『ウィキペディア』の記事を改善・充実するために使用されます。具体的には、記事内容への質問や感想の投稿、加筆や修正についての提案・議論、記事文案の提示、編集意図についての補足説明(「編集内容の要約」の補足)、スタイルに関する記事固有のルールについての相談などを行います。」と記されております。ノートでの「Wikipediaのガイドラインに依拠しない議論」というのは、本来ありえないのではないでしょうか?

Wikipedia:ノート「なお、ウィキペディアは百科事典であり、演説をする場所ではありません。一般に、記事のテーマについての自説や個人的感想を述べるため「だけ」にノートページを利用することは歓迎されていません。あくまで、主ページの記事がどうあるべきかという観点から発言するようにしてください。記事と直接関係ない、ウィキペディア全体に関する議論のためには、Wikipedia:井戸端などが用意されています。特定の分野全体にまたがる話題を扱う場としては、ウィキポータルやウィキプロジェクトも準備されています。」と述べられていることも考慮願います。--Pooh456 2011年12月27日 (火) 10:54 (UTC)

M_aisawa氏へ。Pooh456の見解を、利用者‐会話:Wikied#Pooh456からお伝えします。に記述しましたのでご参照下さい。ここでの議論に対する答に換えます。--Pooh456 2011年12月29日 (木) 07:17 (UTC)
ウィキペディア日本語版のガイドラインであるWikipedia:腕ずくで解決しようとしない#具体例に、「もしあなたの加筆した記述が、そこの記事との関連性や重要性が乏しいといわれたら……」への悪い対応例として、「関連性や重要性に関する評判の良い第三者の見解の引用ではなく、いかに重要であるかという自分の思いや演説を延々30KBも連続投稿する」ことが挙げられています。多分に繰り返しになるのですが、牟田口と冨永の左遷について、特異事例として関連付けて言及したような文献はないのでしょうか。--Snlf1 2011年12月29日 (木) 15:47 (UTC)
Snlf1さんへ。
牟田口と富永の懲罰人事(予備役編入、召集、格下の職に補任)を並列して記述している文献を示します。藤井非三四『陸海軍戦史に学ぶ巻ける組織と日本人』集英社新書、2008年、87-88頁。出典として本文に追記しておきます。--Pooh456 2011年12月1日 (木) 04:09 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月1日 (木) 06:34 (UTC)
と既に示しております。--Pooh456 2011年12月29日 (木) 23:45 (UTC)
Pooh456さんへ。引用文を見落としていたようです。失礼しました。ただ、出典としての有効性に疑義が出ているので、念のため自分でも確認してみたいと思います。
なお、法律家ごっこのようで嫌なのですが……「Wikipediaのガイドライン特筆性に依拠せずに論じるのであれば、使うべき言葉ではないでしょう。」との貴方の見解に関して、「『特筆性』という単語は、百科事典的な概要を書く上で、どれぐらい詳細に書く必要があるのかといったレベルを説明するための『重要性』という意味でも使われます。」(WP:N#NCONTENT)と特筆性のガイドライン自体が認めるところであって、かかる広義の用語法を咎めることはできないでしょう。--Snlf1 2011年12月30日 (金) 16:07 (UTC)
◆Pooh456さんへ。「特筆性」に関して、いまだに「M_aisawaはWikipediaのガイドラインに依拠せずに論じている」とか、M_aisawaの論理展開が「自己撞着」「矛盾」であると認識されているということは、Wikipedia:特筆性の内容もWikipedia:特筆性#記事内容の特筆性の内容も全く理解されていないのですね。御指摘の「矛盾」はそもそもWikipedia:特筆性Wikipedia:特筆性#記事内容の特筆性の一見相反した関係に起因するもので、両者の内容を十分に理解できれば自ずと解消する矛盾です。
また、利用者‐会話:Wikied#Pooh456からお伝えします。ではWikipedia:編集方針#記事の改善を試みて下さい、但し慎重さも忘れずに から引用された一文に対して「記述の除去が許されるのは、三大方針に抵触している、若しくは名誉毀損、無意味な記述、荒らし、著作権侵害である場合に限られる」という独自の解釈を示されていますが、原文の記述には「記述の除去が許されるのは(中略)~場合に限られる」と限定した記述は見当たりません。「三大方針違反および名誉毀損、無意味な記述、荒らし、著作権侵害」に該当する記述は除去すべきとしていますが、それ以外の方針やガイドラインで記述内容の除去を論じてはならないとは書かれていません。
なお、藤井非三四著『陸海軍戦史に学ぶ巻ける組織と日本人』集英社新書、2008年、87-88頁の記述が、Pooh456さんが主張されるような記述になっていないことは 2011年12月6日 (火) 22:10 (UTC) に指摘済みですが以後Pooh456さんからの有意な反論はありません。
以上のこと総じて言えることですが、方針やガイドライン、あるいは他者の言動や証拠などを引き合いにするときは、その字面だけを追求するのではなく、そこに書かれた本来のルールの精神や意図、さらに必要であればウィキペディアの本来の目的まで立ち返って考えることをお勧めします --M_aisawa 2012年1月1日 (日) 17:30 (UTC)


(1) Snlf1さんへ。

A) 「牟田口と富永の懲罰人事(予備役編入、召集、格下の職に補任)を並列して記述している文献を示します。藤井非三四『陸海軍戦史に学ぶ巻ける組織と日本人』集英社新書、2008年、87-88頁。出典として本文に追記しておきます。--Pooh456 2011年12月1日 (木) 04:09 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月1日 (木) 06:34 (UTC)ですが、文献と頁を明示しており、入手容易な本ですので、お手数ですが「出典としての有効性」に問題があるのか否かをご確認下さい。
B) 「しかし「特筆性」という単語は、百科事典的な概要を書く上で、どれぐらい詳細に書く必要があるのかといったレベルを説明するための「重要性」という意味でも使われます。 各記述は、その重要性に従って適切な重みをかけて扱ってください。 どこまで詳細に説明するか、記述の量、その記述の目立ち方や同等の記述を書く場合の順番など、記述の重みが偏りがちな点については、その重みのかけ方に注意してください。」ですが、その通りですね。ですが、この記述は、Wikipedia:過剰な内容の整理につながると解しております。

(2) M_aisawaさんへ。

C) あなたの論理ですと、Wikipedia:過剰な内容の整理というガイドラインが設けられている理由が消滅しますが。
Wikipedia:ノートページのガイドライン#推奨される習慣を熟読した上で議論に参加願います。特に「簡潔に:長く、ぐだぐだした発言は理解が難しくなり、無視されたり、分かってもらえなかったりしがちです。目安として発言が300字を超える時には短くできないか検討しましょう。」を強く意識して下さい。
特にガイドラインには記されていませんが、ノートでの議論を継続するのなら、書き込みと書き込みの間の間隔は極力短くして下さい。--Pooh456 2012年1月2日 (月) 00:26 (UTC)
Wikipedia:過剰な内容の整理が設けられている理由は内容過剰であることを知らせるためのテンプレート(内容過剰タグ)の運用方法を示すためですが、これが今回の議論とどのように関係するのか、M_aisawaの理論とどのように関わってくるのか全く不明です。
またWikipedia:ノートページのガイドライン#推奨される習慣については、現状では「長文で細部にわたる詳しい議論が必要な場合」に該当します。なお、このガイドラインを「M_aisawaの発言を無視する根拠」として提示されているのならそれはルールの悪用です。
最後に書き込みの間隔を短くしろとのことですが、努力はしますが確約はできませんし、ましてやそれが理由で議論の継続が困難になるという主張には同意できません。--M_aisawa 2012年1月6日 (金) 15:50 (UTC)

M_aisawaさんへ。残念ながら議論がループしているようですね。当方の見解は、2011年12月29日 (木) 07:17 (UTC)に示したとおりです。--Pooh456 2012年1月7日 (土) 06:23 (UTC)

◆議論をループさせているのはPooh456さん御自身であることを自覚しておられますか? 2011年12月29日 (木) 07:17 (UTC)の見解に対してM_aisawaは「Wikipedia:編集方針#記事の改善を試みて下さい、但し慎重さも忘れずに から引用された一文に対するPooh456さんの要約は不適切である」と、2012年1月1日 (日) 17:30 (UTC)の発言の中で理由を示して反論しています。これに対するPooh456さんの反論(?)はWikipedia:過剰な内容の整理に対するPooh456さん御自身の解釈が破綻すると主張されているにすぎず前回も書いたとおり何を主張したいのか意味不明です。まさか「俺の理論が破綻するから、お前の理論は認めない」とでも仰りたいのですか? いずれにせよ、2012年1月1日 (日) 17:30 (UTC)のM_aisawaの反論に対して有意な反論を行うことなく2011年12月29日 (木) 07:17 (UTC)の主張を繰り返すのはおやめください。--M_aisawa 2012年1月12日 (木) 15:42 (UTC)
Pooh456さんへ。典拠を細かく示して頂きながら、確認が遅くなりましてすみません。さて、結論から申し上げると、貴殿提示の藤井(2008年)の87-88頁は、根拠資料として不十分であると私も考えます。理由ですが、(1)すでにM_aisawaさんから指摘のあるように、論旨がずれています。藤井は予備役編入だけを処罰と捉え、召集を甘い復権行為と捉えているようです。(2)藤井が例示しているのは牟田口と富永だけではなく、柳田元三佐藤幸徳もです。しかも、むしろ牟田口はおまけで、富永・柳田・佐藤の三者を中心に銃殺すべき者と論じています。そこから、牟田口と富永を勝手に選び出して、出典と称するのは不適切です。--Snlf1 2012年1月13日 (金) 11:25 (UTC)


Snlf1さん、確認有難うございました。複数のユーザーから、当方の示した出典が根拠資料として不十分という指摘を受けたということを重く考え、「記事『牟田口廉也』の、Pooh456の加筆部分を除去する」ことで今回の件を終結させたいと考えます。--Pooh456 2012年1月13日 (金) 12:29 (UTC)

本記事は現在は保護されており編集できませんので、保護期間終了後にPooh456が当該部分を自分で削除します。--Pooh456 2012年1月13日 (金) 12:51 (UTC)
本記事の保護が解けましたので「記事『牟田口廉也』の、Pooh456の加筆部分を除去する」ことを実行しました。--Pooh456会話2012年3月24日 (土) 12:00 (UTC)

強硬編集について[編集]

上記「富永氏を似た例として紹介する記述について」に関して、一向に合意形成が進まず、好ましくない状態が続いています。あえていいます。Pooh456氏が行っている現状は強硬編集であり、不当です。

本記事「牟田口廉也」において、富永恭次の件が記載されることに反対している(賛成表明のない)アカウントユーザーは4名(Tiyoringo氏、Snlf1氏、M_aisawa氏、Wikied)です。対して、件の執筆者であるPooh456氏の他に、反対していないアカウントユーザーは岩見浩造 ◆Pazz3kzZyM氏のみです。

掲載を希望するのはPooh456氏であり、説明、合意形成の努力は氏の責務ですが、到底合意を目指した発言状況ではありません。掲載反対のユーザーには具体的に云々と要求する一方、ご自身では平行線のままだろうから言及しないという姿勢です。本来ならこの時点で、掲載希望者による合意形成は不可能という意思表明がなされたとみて問題ないでしょう。すなわち、問題の記述は削除されても文句はいえないということです。それにもかかわらず、Pooh456氏の執筆内容が掲載され続けているのはWikipediaのルールに反するものであり、異常です。

改めて明言します。出典によって特に強調されているわけでもない富永の事例を挙げるのは、関連性の薄い瑣末な記述(特筆性のないトリビア)であり、執筆者の主張(富永の例を紹介するのは有用という私見)の表明であり、WP:NOTに抵触するものです。当方とは違った判断もありますが、いずれにしても掲載を維持する理由はありません。このまま、1週間以内に掲載希望者による合意可能な説明がないなら、瑣末な記述として削除します。合意のないものを掲載しておく理由はなく、寧ろ不適です。掲載するのは合意が形成されてからでも遅くありません。くれぐれも、削除が強硬編集といった(先に行われたような)曲解はされぬようお願いいたします。--Wikied 2011年12月16日 (金) 14:23 (UTC)

WP:NOTに抵触するものですというのが、WikiedさんがPooh456の編集を瑣末な記述として削除しますということの根拠のようですが、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかはWikipediaの理念を列挙したものに過ぎず、これを根拠として他者の編集を除去しようというのは乱暴でしょう。
WikiedさんがPooh456の編集を除去することを提案するのであれば、Wikipediaのルール、端的にはWikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:独自研究は載せないなどに、Pooh456の編集が抵触していることを、具体的に摘示願います。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 01:52 (UTC)
Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかはWikipediaの理念を列挙したものに過ぎず、これを根拠として他者の編集を除去しようというのは乱暴」とのことですが、全く合意できないご意見です。最上位に位置するルールを適用できない編集など存在しません。
辟易するほど、当方以外からも出ている異議ですが、出典によって特に強調されているわけでもない事例(Pooh456氏とは違う解釈での「特筆性」のない記述)を本文に組み込むのは不適です。本件以外の一般的な編集では、要約欄に「無関係な記述の除去」等と記すレベルの話です。
繰り返しになりますが、複数の掲載反対意見の前で、掲載希望者が削除希望者に具体的に云々と要求するのはおかしな状況です。貴方の記述を保存する理由がありません。その理由があるなら、どうぞ貴方が具体的にご説明ください。--Wikied 2011年12月17日 (土) 03:21 (UTC)
根拠となるガイドラインを明確に示した上で意見表明願います。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 03:29 (UTC)
また出ましたね。WP:NOTに抵触していないという合意が形成できない、に尽きるのですが。掲載を希望する側(Pooh456氏)の姿勢に問題があるうえ、出典によるものでもない記述を残す理由はありません。理由があるならご説明ください。23日まで待ちます。
また明確にだの具体的にだのと言われるかも知れないので加えておくと、「牟田口と富永の共通性を○○が強調している」旨の出典があれば合意形成可能でしょう。--Wikied 2011年12月17日 (土) 03:49 (UTC)
Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかに抵触していないという合意が形成できない、に尽きるのですが←略語を日本語に直しました。
という問題提起をするなら、
  1. Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかのどの項目に、Pooh456の編集がどのように抵触しているのか
  2. そもそもWikipedia:ウィキペディアは何ではないかを根拠に、既存の編集を除去できるのか。Pooh456の編集を除去する根拠となる個別のルールは存在しないのか。存在しないとすれば理由は何か。
ということを、問題提起者であるWikiedさんが示す必要があると解しますが。
恐らくPooh456の編集が、Wikipediaのルール、端的にはWikipedia:検証可能性Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:独自研究は載せないなどに、Pooh456の編集が抵触していることを、具体的に摘示する方が容易で、第三者を納得させやすいと思いますのでそちらをお勧めします。
なお一般に「AがBでない」という証明は悪魔の証明となり、不可能です。即ち「Pooh456の編集がWikipediaのルールに反していない」と証明するのは不可能です。「Pooh456の編集はWikipediaのルールに反している」と証明し、削除を正当化する責任(挙証責任)は、問題提起者であるWikiedさんが負うと解します。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 04:10 (UTC)
ちなみにWikipedia:検証可能性には『出典を示す責任は掲載を希望する側に』出典を示す責任は、ある編集を行った執筆者、またはその編集を残すことを希望する執筆者にあります。このため、執筆者は出典を明記すべきです。定評のある情報源がない場合、その話題に関する記事はウィキペディアで立てるべきではありません。/信頼できる情報源を欠く編集は、除去されるのもやむを得ません。とあります。Wikipedia:検証可能性を満たさない、として編集や記事がしばしば削除されるのは、これを根拠としております。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 05:23 (UTC)

(インデント戻す)

貴方の「解します」は、合意形成とは無関係のもので、これまでの経験上逃げ口実にしか見えません。

当方は初めから上記ちなみに~以降のことを重視しており、再三、「二人の共通性を出典が強調している点」を示すよう提案しています。

貴方は出典を示していない時点から「二人の共通性は論理的に明らか」と主張して、肝心の「特筆性」に関しては出典を示さないまま掲載を続けています。「ちなみに同じような事例があった」という瑣末な記述は不要です。当方(を含む複数のユーザー)が求めているのは悪魔の証明などではなく、特筆性についての合意可能な説明です。お間違えなく。--Wikied 2011年12月17日 (土) 12:19 (UTC)

Wikipedia:特筆性というガイドラインを持ち出す場面でないことは、2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に示しておりますので、貴殿が求める「特筆性についての合意可能な説明」なるものも不要となります。当方から再三申し上げているように、「Pooh456の編集はWikipediaのルールに反している」と証明願います。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 14:14 (UTC)
複数のユーザーが特筆性の乏しさを指摘し、瑣末と感じ、掲載を不適とする記述を掲載する理由はありません。掲載する理由があるなら、それを示していただきたいと何度もお願いしております。マイノリティの掲載希望者(Pooh4456氏)が合意形成の努力を怠っているのは、他ユーザーとのやりとりを見ても明らかです。「貴殿が」とおっしゃいますが、他のユーザーも、特筆性についての貴方特有の解釈とは別に議論を図っていることはご存じのとおりです。
合意可能な説明をいただけないなら、編集者の裁量として予告どおりの編集をするのみです。不毛な議論もどきはご遠慮ください。--Wikied 2011年12月17日 (土) 14:32 (UTC)
Pooh456の編集はWikipediaのルールに反している」と証明願いますという発言を「不毛な議論もどき」と決めつけるとは恐れ入ります。貴殿が自分の行動の裏づけになるガイドラインを具体的に示せないのなら、貴殿の行動こそが「不毛」ですね。
また、相手の発言を根拠を示さずに「不毛な議論もどき」と決めつける行為はWikipedia:個人攻撃はしないに抵触するのではないですか?そのような行動は止めて下さい。なお、利用者‐会話:Wikiedで、個人攻撃を止めるよう警告を行いました。
複数のユーザーが特筆性の乏しさを指摘し、瑣末と感じ、掲載を不適とする記述を掲載する理由はありません
当方の:Wikipedia:特筆性というガイドラインを持ち出す場面でないことは、2011年11月27日 (日) 03:53 (UTC)に示しておりますので、貴殿が求める「特筆性についての合意可能な説明」なるものも不要となります。という指摘は無視して、相変わらず「特筆性」を持ち出すのですか?「掲載する理由はない=削除できる」というのは、Wikipedia:検証可能性『出典を示す責任は掲載を希望する側に』出典を示す責任は、ある編集を行った執筆者、またはその編集を残すことを希望する執筆者にあります。このため、執筆者は出典を明記すべきです。定評のある情報源がない場合、その話題に関する記事はウィキペディアで立てるべきではありません。/信頼できる情報源を欠く編集は、除去されるのもやむを得ません。と示されているように、何かのガイドラインに示されているのですか?またWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは多数決主義ではありませんと示されており、Wikipedia:投票は議論の代用とはならないで「ウィキペディアが民主主義でない」と明示されているのをお忘れなく。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 14:56 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月17日 (土) 15:11 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月17日 (土) 15:41 (UTC)
ガイドラインと繰り返されますが、貴方の主張(件の二人の共通性は本文に書く価値がある)自体がWP:NOTに抵触していると何度も申しております。
相手方に要求するだけで、自らは合意形成できないのをごまかしているようにしか見えない貴方の姿勢は、とても看過できるものではありません。
「特筆性」については、M_aisawa氏からも指摘があり、貴方は「同意できない」としか言っていませんね。まともな議論も成り立っていない。貴方特有の解釈を盾にしても、貴方が正しいことにはなりませんし、掲載の理由にもなりません。特筆性があるというなら、それを説明し、合意を形成できるようお願いしています。よろしくご理解ください。--Wikied 2011年12月17日 (土) 15:35 (UTC)

Pooh456氏は牟田口が懲罰人事だったと言っている人の出典を示してください。あなたの理屈では井上成美も懲罰人事ですか?--Sdr-54-dsui 2011年12月17日 (土) 15:53 (UTC)


Wikiedさんへ。Wikipedia:特筆性「このような特筆性に関するガイドラインは、記事の主題が、百科事典においてそれ自身の単独の記事が作成されることが適切かどうかについて述べているものです。」と明記されております。よって、記事「牟田口廉也」の編集についての議論で「特筆性」を持ち出す根拠がない、というのは再三述べております。根拠がない話を続けるのは無意味と考えます。


Sdr-54-dsuiさんへ。Pooh456氏は牟田口が懲罰人事だったと言っている人の出典を示してください。

第15軍司令官であった牟田口が、昭和19年8月に「現地からの帰還」の上で参謀本部附とされ、予備役編入されたのはインパール作戦失敗の責任を取らされた人事であった、上官である河辺正三中将が予備役に編入されずに大将・航空総軍司令官に親任されたのは割り切れない、と、『陸軍省人事局長の回想』、141-143頁に書いてあります。

牟田口が直後に召集されて補任されたポストが、親補職を「永く」務めた中将にふさわしくない低い職であったのは、同じく『陸軍省人事局長の回想』を出典にして注記しました。

なお、記事牟田口廉也に書く予定はないですが、「親補職(たる師団長や軍司令官や方面軍司令官や三長官)を永く」務めた後に予備役編入された中将が、召集されて、牟田口のように格下の職にではなく、軍司令官以上に親補された例が複数あります。谷寿夫前田利為安藤利吉など。安藤は召集中に大将に親任され、前田は召集中に公務死して大将に親任されています。

作戦を失敗した責任を負わされての更迭、降格はありますが、それを「懲罰人事」だとは断定できません。「懲罰人事」だとする出典が必要です。--Sdr-54-dsui 2011年12月26日 (月) 11:27 (UTC)

あなたの理屈では井上成美も懲罰人事ですか?

井上の航空本部長→4F長官は「兵37期で最初に親補職に就いたのは井上であった」「4F長官の前任者が、井上よりちょうど1年早く進級した閲歴を有していた」ことから、左遷(懲罰人事)とは考えません。ただし、井上自身は「中央を追われた」と考えていたようです。

井上の4F長官→海軍兵学校長は、親補職から非親補職への移動ですが、井上を含めて誰も「左遷(懲罰人事)」と考えなかったようです。4F長官に就任後1年強を経過しており、海軍高級士官の人事が「基本的に1年区切り」だったことを勘案しても、通常の人事と考えます。

その後、井上が中将で予備役編入されることもなく、海兵校長を2年弱務めた後で、米内光政海軍大臣の指名で「海軍次官、ただし特に親任官の待遇を賜う」となり、翌年に兵37期のトップで「予定通り」に大将に親任されているのですから、井上の経歴に「左遷(懲罰人事)」の影は全く見えません。--Pooh456 2011年12月17日 (土) 16:49 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月17日 (土) 17:01 (UTC)

出典求められて、それに出典つけることで最終的に答えられているのに些末なことで削除ならこの長々とした対話は何だったのかと。気に入らない記述を削除する言いがかりですか?そうでないならここまでの対話を無視した全削除強行は何を考えてのことか?--Miwa.SS 2011年12月26日 (月) 09:37 (UTC)

Miwa.SS氏へ。当初から何も変わらず、「最終的に答えられて」いないので削除したまでです。複数の疑義があり、合意形成のない記述を載せる理由はありません。--Wikied 2011年12月26日 (月) 09:42 (UTC)
Wikiedさん、あなたの行為は何を根拠にしているのですか?あなたの行為を裏付けるWikipediaのルールを摘示願います。摘示できないのなら、あなたの行為が「強硬編集」であり「荒らし」です。--Pooh456 2011年12月26日 (月) 09:48 (UTC)/修正 --Pooh456 2011年12月26日 (月) 09:49 (UTC)
過去に何度も提示しておりますのでご覧ください。--Wikied 2011年12月26日 (月) 09:51 (UTC)
それでは、ご面倒ですが改めて箇条書きにて簡潔に摘示して下さい。--Pooh456 2011年12月26日 (月) 10:05 (UTC)