チル・ウィルス

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チル・ウィルス
Chill Wills
Chill Wills
Stand By for Action』(1942年)より
本名 Chill Theodore Wills
生年月日 1902年7月18日
没年月日 1978年12月15日(満76歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 テキサス州ダラスシーガビル
死没地 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルスエンシノ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 俳優歌手
ジャンル 映画、舞台、テレビ
活動期間 1934年 - 1978年
配偶者 ハティ・エリザベス・チャッペル(1928年 - 1971年)※死別
ノヴァディーン・グージ(1973年 - 1978年)
主な作品
1956年『ジャイアンツ
1960年『アラモ

チル・ウィルスChill Wills, 1902年7月18日 - 1978年12月15日)は、アメリカ合衆国俳優歌手

アカデミー助演男優賞にノミネートされたこともある名脇役、特に西部劇での印象的な脇役として知られるが、元々は四人組歌手グループ「Chill Wills and his Avalon Boys (The Avalon Boys)」のリーダーとして1930年代に人気のあった歌手である。

目次

来歴 [編集]

1902年アメリカテキサス州ダラスシーガビルに生まれる。12歳でヴォードヴィリアンとして舞台に立つようになる。

1928年バレエ・ダンサーのハティ・エリザベス(ベティ)チャッペルと結婚する。後に2人の子をもうける。

四人組の歌手グループ「Chill Wills and his Avalon Boys」を結成。

ハリウッドのナイトクラブ「トロカデロ」に出演しているところをRKOの重役が目に留め、いくつかの低予算西部劇映画に出演する。その後グループとして多くのコメディ映画に出演する。1937年ローレル&ハーディ主演コメディ『宝の山』でのパフォーマンス(スタン・ローレルの低音パートの吹替を含む)が絶賛される。

1938年にグループを解散し、俳優に専念する。以降、西部劇を中心に様々な映画に出演、1950年代以降はテレビドラマにも出演するようになる。

1960年の『アラモ』で第33回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされる。

1971年に妻ベティを亡くす。1973年にノヴァディーン・グージと再婚。

1978年に癌で死去。

主な出演作品 [編集]

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脚注 [編集]

外部リンク [編集]