ゾフィー・イン・バイエルン (1967-)

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リヒテンシュタイン侯世子妃ゾフィー(2013年)

ゾフィー・エリーザベト・マリー・ガブリエーレ・ヘルツォーギン・イン・バイエルンSophie Elizabeth Marie Gabrielle Herzogin in Bayern, 1967年10月28日 ミュンヘンバイエルン - )は、ドイツバイエルン公爵家の公女で、リヒテンシュタイン侯世子アロイスの妻。公式称号はリヒテンシュタイン侯世子妃およびリートベルク伯爵夫人(Erbprinzessin von und zu Liechtenstein, Gräfin zu Rietberg)。

バイエルン公マックス・エマヌエルとその妻でスウェーデン貴族のエリーザベト・ドゥグラス伯爵夫人の間の長女として生まれた。父方では、高祖父に最後のバイエルン王ルートヴィヒ3世、伯父にバイエルン王家家長フランツがいる。また母方では、高祖父にオイレンブルク侯フィリップ、大叔母に反ナチ運動「赤いオーケストラ」の女性活動家リベルタス・シュルツェ=ボイゼン、叔母にマールバラ公爵夫人ロジータ(第11代マールバラ公爵の妻)がいる。

5人姉妹の長女で、4人の妹たちと一緒にヴィルトバート・クロイト(Wildbad Kreuth)で育った。若い頃は、「ゾフィー・バイエルン(Sophie Bayern)」と名乗っていたこともある。これは、自分の姓に付けられる「in」が、ドイツ貴族の姓に使われる前置詞の中でも特殊であり、見苦しいと感じたためだった。

1978年から1980年までロレット女子修道会(Englische Fräulein)の経営する女子校で学び、同校を離れるとレングリースLenggries)のホーエンブルク城に移った。1984年から1988年までミュンヘンのアドルフ・ヴェーバー高校(Adolf-Weber-Gymnasium)に在籍し、アビトゥーア資格を取得している。また家具調度に関心を持っていたため、ロンドンに数ヶ月間滞在し、インテリアデザインの学校で講習を受けている。その後、アイヒシュテット=インゴルシュタット・カトリック大学(Katholische Universität Eichstätt-Ingolstadt)で歴史学と英語学を学んだ。

1993年7月3日にファドゥーツファドゥーツ大聖堂(ザンクト・フローリン大聖堂)において、リヒテンシュタイン侯ハンス・アダム2世の長男アロイスと結婚した。2006年にはリヒテンシュタイン侯世子妃として、オーストリアフェルトキルヒに妊婦のための相談所を設立している。

ゾフィーはジャコバイトの支持するイングランド、スコットランド王位の継承予定者でもある。伯父フランツに子供が無いため、伯父と父マックス・エマヌエルの後はゾフィーが名目的なイングランド女王「ソフィア1世Sophia I)」となり、その後はゾフィーの長男ヨーゼフ・ヴェンツェルが後継者となる予定である。

子女[編集]

  • ヨーゼフ・ヴェンツェル・マクシミリアン・マリア(1995年 - )
  • マリー・カロリーネ・エリーザベト・インマクラータ(1996年 - )
  • ゲオルク・アントニウス・コンスタンティン・マリア(1999年 - )
  • ニコラウス・ゼバスティアン・アレクサンダー・マリア(2000年 - )

参考文献[編集]

  • Frank P. van Eck: Wer ist wer. Wer tut was. Handbuch für das Fürstentum Liechtenstein. Eck Verlagsanstalt, Triesen 1995, Seiten VII-IX, Biografien der fürstlichen Familie.
  • Harald Wanger: Die regierenden Fürsten von Liechtenstein. Eck Verlagsanstalt, Triesen 1995, ISBN 3-905501-22-8.
  • Hausgesetz des fürstlichen Hauses Liechtenstein vom 26.Oktober 1993. In: Liechtensteinisches Landesgesetzblatt, Jahrgang 1993, Nr. 100, Ausgabe vom 6. Dezember 1993.