セント・オールバンズ公
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セント・オールバンズ公(-こう、Duke of St Albans)は、イギリスの公爵位。
1684年、イングランド王チャールズ2世は、愛妾ネル・グウィンとの間の庶子で当時14歳のバーフォード伯チャールズ・ボークラークにセント・オールバンズ公位(ハートフォードシャーの都市セント・オールバンズにちなむ)を授けた。チャールズ2世は、当時の資産家である第20代オックスフォード伯オーブリー・ド・ヴィアーの一人娘ダイアナとチャールズ・ボークラークを結婚させた(ド・ヴィアー家は、12世紀に皇后マティルダから爵位を授けられた名家だった)。
従属称号はバーフォード伯(Earl of Burford、1676年、オックスフォードシャーの地名にちなむ)、ヘッディントン男爵(Baron Heddington、1676年、オックスフォードシャーの地名にちなむ)、ヴィアー男爵(Baron Vere、1750年、ミドルセックス州ハンワースにちなむ)である。ヴィアー男爵のみグレートブリテン貴族で、他はイングランド貴族の称号である。セント・オールバンズ公爵は、代々鷹司頭(Great Falconer of England)を世襲している。
公爵の法定推定相続人は、儀礼称号としてバーフォード伯を称する。バーフォード伯の嫡男はヴィアー卿と呼ばれる。
現在セント・オールバンズ公爵家は、所領をもっていない。かつての公爵家本宅は、ノッティンガムシャーのベストウッド、サリー州のアッパー・ガットンであった。
セント・オールバンズ公 (1684年)[編集]
- チャールズ・ボークラーク (初代セント・オールバンズ公)(1670年-1726年)
- チャールズ・ボークラーク (第2代セント・オールバンズ公)(1696年-1751年)
- ジョージ・ボークラーク (第3代セント・オールバンズ公)(1720年-1786年)
- ジョージ・ボークラーク (第4代セント・オールバンズ公)(1758年-1787年)
- オーブリー・ボークラーク (第5代セント・オールバンズ公)(1740年-1802年)
- オーブリー・ボークラーク (第6代セント・オールバンズ公)(1765年-1816年)
- オーブリー・ボークラーク (第7代セント・オールバンズ公) (1815年-1816年)
- ウィリアム・ボークラーク (第8代セント・オールバンズ公)(1766年-1825年)
- ウィリアム・ボークラーク (第9代セント・オールバンズ公)(1801年-1849年) - 彼以降、家名がド・ヴィアー・ボークラーク(de Vere Beauclerk)となる
- ウィリアム・ボークラーク (第10代セント・オールバンズ公)(1840年-1898年)
- チャールズ・ボークラーク (第11代セント・オールバンズ公)(1870年-1934年)
- オズボーン・ボークラーク (第12代セント・オールバンズ公) (1874年-1964年)
- チャールズ・ボークラーク (第13代セント・オールバンズ公)(1915年-1988年)
- マレー・ボークラーク (第14代セント・オールバンズ公)(1939年-)
現在の法定推定相続人は、14代公爵の長男バーフォード伯チャールズ・ボークラーク(1965年-)である。バーフォード伯の長男は、ヴィアー卿ジェームズ・ボークラーク(1995年-)である。
ヴィアー男爵 (1750年)[編集]
- ヴィアー・ボークラーク(en:Vere Beauclerk, 1st Baron Vere) (1699年-1781年) - 初代セント・オールバンズ公の次男
- 2代ヴィアー男爵オーブリー・ボークラーク (1740年-1802年) (1787年に5代セント・オールバンズ公を継承)