セメレーニ・オスヴァルド

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オスヴァルト・セメレーニハンガリー語: Szemerényi Oszvald János Lajos英語: Oswald John Louis Szemerényi1913年9月7日 - 1996年12月29日)はロンドン生まれのハンガリー言語学者。専門は印欧語比較文法

概略[編集]

ロンドンで生まれたものの教育は祖国ハンガリーで受け、その後大学で教鞭を取るが、第二次世界大戦の政治的混乱を避けてイギリスへ移住。生活のためのBBC勤務を経て、ようやくベッドフォード大学講師に任命されたのが1952年である。 このような背景から、政治に対する興味も強く、自叙伝では遺作として "The shift of power in world history and its consequences" と著すと予告したが、結局日の目を見ることはなかった。

セメレーニの研究分野は、著作集 Scripta Minora (論文集)4巻と同じように、

  1. 印欧比較文法(比較言語学)
  2. ラテン語の研究
  3. ギリシャ語の研究
  4. その他(特にイラン系言語の研究)

となる。ただ、ラテン語・ギリシャ語などの研究とは言うものの、セメレーニの眼は常に印欧語比較文法/言語学に向いている。そして、個別言語から印欧祖語の再建と、印欧祖語から各個別言語への発展過程の解明に力が注がれている。

セメレーニの著作は、改訂版、翻訳などもすべて含めて、下記の如く23点に上る(なお論文集Scripta Minora4巻は1冊とみなす。また "Studies in the Kinship Terminology in the IE Languages…" など専門雑誌に掲載の長編論文も、"Bibliographie Linguistique" の基準に従って単著書と数える)。

Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft[編集]

このうち主著は、何と言っても "Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft"(『比較言語学概論』)である。1970年に初版発行以来、1980年2版、1989年改訂3版、1990年4版(但し、実際の出版年は1991年)まで発行され、またスペイン語(Editorial Gredos, 1978年)、ロシア語(Moscow, 1980年)・イタリア語(Milan, 1985年)・英語(Clarendon Press, Oxford, 1996年)に翻訳された事をみても明瞭である。本書は、書名に「印欧語」とはうたっていないものの、実質的には『印欧比較言語学概論』であり、音韻論と形態論からのみなり統語論は含まない。しかし、300頁を越えるまとまった形での印欧語言語学概論は、アントワーヌ・メイエの主著 "Introduction à l'étude comparative des langues indo-européennes"(1903年初版、1937年8版)以来のものであり、さらにメイエのものと違って自説を展開しながらも異説・参考文献の非常に広く紹介している。多くの専門家が必読書として挙げる所以である。

なおセメレーニは、1950年代後半に、内容的には Einführung を凌ぐ "Introduction to IE Philology" をほぼ書き上げていた。原稿段階で168頁が印欧諸語の概観、169-346頁音韻論であった。この本は Einführung 初版(1970年, 12頁)にも "...für 1972 geplanted Buch Introduction to Indo-European Philology" と具体的な書名及び出版予定年まであげて出版が予告された。(なお1978年のスペイン語訳では、この箇所は"...mi proyectado libro Introduction to Indo-European Linguistics"と出版予定年は消え、書名も変更されている)。この英語のIntroductionは1978年に至ってその出版が最終的に見送られる事になったのだが、その原因はセメレーニの言葉をそのまま借りれば、"I did not work hard enough"(Introduction to IE Linguistics, vii)という事であり、ドイツ語版Einführung出版の陰で棚上げされた格好となったものである。

その一方、Einführung 英訳の話は1972年3月に遡る。原著の出版社(Wissenschaftliche Buchgesellschaft)から、カリフォルニア在住のDr.Eugene E.Flajserが翻訳を申し出ている旨の連絡を受け、また同氏がカリフォルニア大学バークレー校の教授Dr.Madison BeelerのEinführungに対する高評価を参照している事を知ったのである。そこで、セメレーニはBeeler教授に手紙を出し、こう告げた。「Introduction to IE philologuが、今年は無理でも来年には必ず英語で出版されます。」と。その真意は、言うまでもなく「英語訳の出版は、英語版Introduction出版を阻害しかねないので止めてほしい」という事。つまり、Einführung英語訳の出版は、セメレーニ自らが消滅させたものであり、その意味で、永眠の直前に待望の英訳の出版を見られた事は何よりであった。

なお、セメレーニの英語版Introductionへの執着の強さは相当なものがあり、Einführung第3版(1989年、13頁)にも他書の紹介に当たって括弧付きで、「著者自身も10余年前に、その規模は劣るものの完成させていた。。。」と間接的に言及している事からもうかがえる。

Richtungen der modernen Sprachwissenschaft[編集]

第二の主著 "Richtungen der modernen Sprachwissenschaft, I 及び II" は現代言語学の歴史を、広い視野から説いたもので、セメレーニが単なる比較言語学者でなく、一般言語学文法理論など広い分野を研究対象としていた事が良く分かる。自叙伝では続編の第3巻(1960年から1990年まで対象)の出版を希望している旨の発言があったが、叶わなかった。

以上の主著のほか、あらゆる印欧諸語と印欧比較言語学に関する著作・論文があるが、セメレーニの特徴を一言で述べるとすれば、その「徹底性 (exhaustiveness)」であろう。著作時点で入手可能な資料・先行論文をくまなく精査・精読し、その一々に対して自らの所説と立場を明らかにして行く。自らが建てた仮説に対する反証事例はことごとく説明し切る。その最も良い例が、Pierre ChantraineDictionnaire étymologique de la langue grecque(『ギリシャ語語原辞典』)に対する書評であろう。分冊刊行された辞典に対して、3回にわたり合計約50ページにわたる詳細な書評である。その行き届いた徹底振りに、著者(全冊完成を見ずに死去したが)みずからが「本辞典の利用者は、セメレーニの書評の写しを共に使用することを薦める」と言ったほどである。

経歴[編集]

  • 1913年9月7日 ロンドンで生まれる(於 London Lying-in 病院)
  • 1923年 Ujpest 地区の Imre Madach・ギムナジウム入学
  • 1932年 Eötvös College研究員
  • 1940年 結婚(11月5日、妻Elizabeth Köver)
  • 1941年 初刊行本 Az indogermán l,r latin folytatása(ハンガリー語、『ラテン語における印欧語流音ソナント』)出版。於Budapest
  • 1947年 ブダペスト大学教授
  • 1948年 英国へ移住
  • 1952年 英国ベッドフォード大学ギリシャ語学科講師
  • 1960年 ロンドン大学比較言語学教授
  • 1965年 フライブルク大学教授
  • 1982年 FBA(Fellow of British Academy)会員
  • 1996年12月26日 死去(フライブルク)

主要著書[編集]

  • 1941年 Az indogermán l,r latin folytatása(『ラテン語における印欧語流音ソナント』)
  • 1960年 Studies in the IE System of Numerals(『印欧語の数詞組織の研究』), Heidelberg
  • 1961年 Trends and Tasks in Comparative Philology (『比較言語学の傾向と課題』、ロンドン大学開講講義)
  • 1964年 Syncope in Greek and IE and the Nature of IE Accent(『ギリシャ語と印欧語における母音消失、及び印欧語のアクセントの本質』), Napoli
  • 1970年 Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft(『比較言語学概論』), Darmstadt
  • 1971年 Richtungen der modernen Sprachwissenschaft(『現代言語学の傾向』), I, Heidelberg
  • 1977年 Studies in the Kinship Terminology in the IE Languages with Special Reference to Indian, Iranian, Greek and Latin (『印欧語における親族名称の研究』、Acta Iranica 16所収)
  • 1978年 Introducción a la linguística comparative, Madrid (1970年の西語訳)
  • 1979年 Direcciones de la linguística moderna, I (1971年の西語訳)
  • 1980年 Vvedenie v sranitel'noe jazykoznanie (1970年の露語訳)
Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft(第2版),Darmstadt
Four Old Iranian Ethnic Names: Scythian–Skudra–Sogdian-Saka(『四つの古代イラン系民族名称』、Sitzungsberichte der Österrichischen Akademie der Wissenschaften 371所収), Wien
  • 1982年 Richtungen der modernen Sprachwissenschaft, II(1971年の第2巻), Heidelberg
  • 1985年 Introducione alla linguistica indoeuropea, Milano(1970年の伊語訳)
  • 1986年 Direcciones de la linguística moderna, II (1972年の西語訳)
  • 1987年 Scripta Minora, Innsbruck (論文集)
第1巻:Indo-European 第2巻:Latin 第3巻:Greek
  • 1989年 Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft(第3版), Darmstadt
An den Quellen des lateinischen Wortschatzes(ラテン語語彙の起源), Innsbruck
  • 1991年 Einführung in die vergleichende Sprachwissenschaft(第4版), Darmstadt
Summing up a life, Hochschulverlag (自叙伝)
Scripta Minora Volume IV(ラテン語・ギリシャ語以外の印欧諸語), Innsbruck(1-4巻の別冊索引付き)
  • 1996年 Introduction to Indo-European Linguistics, Oxford (1991年の英語訳)

主要論文[編集]

  • 1951年 Vištāpa; BNF 2, 165-177
  • 1952年 Greek μελλω; A historical and comparative study, AJPh 72, 346-358
  • 1956年 Latin tantus quantus and the genitive of price. With an excursus on quando and Greek πηνίκα; Glotta 35, 92-114
Latin rēs and the IE long-diphthong stem nouns; KZ 73, 167-202
  • 1959年 Latin hibermus and Greek χειμελινός. The formation of time-adjectives in the Classical Languages; Glotta 38, 107-125
  • 1962年 Principles of etymological research in the IE languages; Fachtagung für indogermanische und allgemeine Sprachwissenschaft, Innsbruck, 175-212
  • 1963年 Structuralism and substratum: IE and Semites in the Ancient Near East; Lingua 13, 1-29
  • 1967年 The alleged IE *sor- ‘woman’; Kratylos 11, 206-221
The New Look of IE. Reconstruction and typology; Phonetica 17, 56-99
  • 1968年 Si parentem puer verberit, ast olle plorassit; Beitrage zur ALten Geschichte und deren Nachleben, Festschrift für Franz Altheim zum 6.10.1968, Berlin, I, 173-191
  • 1971年 The name of the Picentes; Sprache und Geschichte, Festschrift für Harry Meizer um 65, München, 531-544
  • 1973年 Greek πολυς andπολλος;KZ 88, 1-31
  • 1974年 Gaulish dedicatory formula; KZ 88, 246-286
  • 1978年 Vedic šam, šam yoh, and šam(ča) yošča; InL 4, 159-184
  • 1979年 Semitic influence on the Iranian lexicon I, 1-3; The Bible World, Essays in Honor of H.Gordon, NY, 221-237
  • 1985年 Syntax, meaning, and origin of the IE particle kwe; Collectanea Philologica, Festschrift für Helmut Gipper zum 65, Baden-Baden, II, 747-775
(セメレーニは約150篇の論文を発表している。上記の「主要論文」は、自叙伝“Summing up a life”において、セメレーニ自身が選んだもの)

書評[編集]

  • Pierre Chantraine, Dictionnaire étymologique de la langue grecque (『ギリシャ語語原辞典』)

記念論文集など[編集]

  • A) Studies in Diachronic, Synchronic and Typological Linguistics: Festschrift for Oswald Szemerenyi on the occasion of His 65th Birthday
  • B) Essays in Linguistics and Philology offered in honor of Oswald Szemerenyi on his occasion of 71st birthday, 1985
  • C) Prehistory, History and Historiography of Language, Speech, and Linguistic Theory (Papers in Honor of Oswald Szemerenyi)
  • D) Historical Philology: Greek, Latin and Romance: Papers in Honor of Oswald Szemerenyi II