ストックウェル (競走馬)

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ストックウェル
Stockwell with Jockey Up.jpg
ストックウェル(1852年)
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛ベンドア斑
生誕 1849年
死没 1870年5月2日
ザバロン
ポカホンタス
生国 イギリス
生産 ウィリアム・テオバルド
馬主 ブラウンロウ・セシル・エクスター
調教師 W・ハーロック
競走成績
生涯成績 20戦12勝(諸説有り)
獲得賞金 不明
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ストックウェルStockwell1849年 - 1870年)は、19世紀中ごろに活躍したイギリス競走馬種牡馬エプソムダービーは20着と大敗したが2000ギニーセントレジャーステークスに勝ち二冠を達成した。種牡馬としても計7回のイギリスリーディングサイアーを獲得するなど活躍し、「種牡馬の皇帝」と呼ばれた。

母は「繁殖牝馬の皇后」と呼ばれた大繁殖牝馬ポカホンタスで、本馬の全弟にラタプラン、半弟にキングトムほかを輩出している。

2歳時は善戦こそするものの1勝もできずにおわったが、2000ギニーに出走するとホームブレッドを捕らえて半馬身差で勝利した。初勝利が2000ギニーという快挙である。その後、1戦を叩いて出走したエプソムダービーでは20着と大敗するも、それ以外は連勝街道を突き進み秋にはセントレジャーステークスを制覇、二冠馬となる。最終的にこの年は13戦11勝という優秀な成績を残した。

だが翌年はロシアインペリアルプレート(当時のアスコットゴールドカップの名称)で2着に入ったものの1勝もできずに終わった。5歳時は1戦のみで、唯一出走したマッチレースでは対戦相手が故障している。このレースを最後に引退した。

種牡馬成績は非常に優秀なもので計7回リーディングサイアーを獲得した。直系子孫は意外に発展しなかったが、ドンカスターの仔であるベンドアを通じて主流血統を築いている。ファラリス系オーム系共にベンドアの直系子孫である。

ストックウェル自身はヴァイエの標準ドサージュで340と19世紀中4番目の値が与えられている。また、1866年の獲得賞金は特筆もので、この年の産駒の勝ち数は132にも及び、総獲得賞金61,340ポンドはその後68年間破られなかった。19世紀を代表する種牡馬セントサイモンとの比較でも、リーディングサイアー回数、後世への影響の点で若干劣るものの直仔の活躍はほぼ同等であり、勝ち数・勝ち頭数を中心とした幾つかの指標で上回っている。

競走成績[編集]

  • 1851年(2戦0勝)
  • 1852年(13戦11勝)
    • セントレジャーステークス、2000ギニー、ニューマーケットセントレジャー、ニューマーケットステークス、グレートヨークシャーステークス、ミシル大侯爵ステークス、フォールステークス、レーシングステークス、 300ソヴリンステークス、ナボブとのマッチ
  • 1853年(4戦0勝)
    • 2着 - ロシア皇帝プレート(アスコットゴールドカップ)
  • 1854年(1戦1勝)
    • チャレンジフォーザホイップ

主な産駒[編集]

  • ロードリヨン(三冠)
  • ブレアーアソール(エプソムダービー、セントレジャーステークス、イギリスリーディングサイアー4回)
  • ドンカスター(エプソムダービー、アスコットゴールドカップ)
  • ザマークィス(英2000ギニー、セントレジャーステークス)
  • アチーブメント(英1000ギニー、セントレジャーステークス)
  • セントアルバンス(セントレジャーステークス)

等。クラシックウィナー11頭は歴代最多、勝利数17もセントサイモンと並ぶ史上最多記録である。

血統表[編集]

ストックウェル血統エクリプス系 / Orville5×4=9.38% Whalebone (Whisker) (Web)4.4×4=18.75% Whiskey5×5=6.25%(母内))

The Baron
栗毛 1842
Birdcatcher
栗毛 1833
Sir Hercules Whalebone
Peri
Guiccioli Bob Booty
Flight
Echidna
鹿毛 1838
Economist Whisker
Floranthe
Miss Pratt Blacklock
Gadabout

Pocahontas
鹿毛 1837
Glencoe
栗毛 1831
Sultan Selim
Bacchante
Trampoline Tramp
Web
Marpessa
鹿毛 1831
Muley Orville
Eleanor
Clare Marmion
Harpalice F-No.3

外部リンク[編集]