スタニスワフ・コパンスキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
スタニスワフ・コパンスキ

スタニスワフ・コパンスキ(Stanisław Kopański;1895年 - 1976年)は、ポーランドの軍人。少将。西側ポーランド軍の参謀総長を務める。

ロシア帝国軍において、第一次世界大戦に従軍。1917年、第1ポーランド軍団に入隊。

1918年、ポーランド軍に入隊。ポーランド・ソビエト戦争に従軍し、騎砲部隊に勤務。戦間期、ポーランドの装甲部隊の創設に参加した。

ポーランド侵攻時、最高司令官本部第3(作戦)課長。ポーランド降伏後、フランスに亡命。1940年4月、第1カルパチア山岳旅団を編成・指揮し、在レバノンフランス軍の編成下に入った。フランス降伏後、旅団を武装解除しようとするフランス兵との武装衝突を苦労して回避した。長い交渉の後、コパンスキは、完全武装で旅団を英領パレスチナに移動する許可を得ることに成功した。1940年9月、旅団はエジプトアレクサンドリアに到着した。1941年、旅団は北アフリカ戦線に投入された。その後、旅団はヴワディスワフ・アンデルス将軍の第2ポーランド軍団の編成下に入った。1943年~1947年、ポーランド亡命政府のポーランド軍参謀総長。

1947年~1949年、ポーランド軍団の監察総監。