サン=ヴァレリー=シュル=ソンム

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Saint-Valery-sur-Somme
Blason Saint-Valery-sur-Somme.svg
St-Valery sur Somme rue gaultier aout 2008.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ピカルディ地域圏Blason région fr Picardie.svg
(département) ソンム県Blason département fr Somme.svg
(arrondissement) アブヴィル郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 80721
郵便番号 80230
市長任期 ステファーヌ・オースリエ
2008年-2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes Baie de Somme Sud
人口動態
人口 2,790人
2006年
人口密度 266人/km²
住民の呼称 Valéricains[1]
地理
座標 北緯50度11分20秒 東経1度37分50秒 / 北緯50.1888888889度 東経1.63055555556度 / 50.1888888889; 1.63055555556座標: 北緯50度11分20秒 東経1度37分50秒 / 北緯50.1888888889度 東経1.63055555556度 / 50.1888888889; 1.63055555556
標高 平均:m
最低:1 m
最高:43 m
面積 10.5km² (1 05ha)
Saint-Valery-sur-Sommeの位置(フランス内)
Saint-Valery-sur-Somme
Saint-Valery-sur-Somme
公式サイト site officiel de la mairie
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サン=ヴァレリー=シュル=ソンムSaint-Valery-sur-Somme)は、フランスピカルディ地域圏ソンム県コミューン

地理[編集]

ソンム川河口に位置する。クロトワ、ル・ウルデルと並ぶソンム湾に面した3つの港町の1つである。

語源[編集]

ピカルディ語ではSaint-ValeryをSaint-Waryとつづる。この名はラテン語のValeriusとは関係がない。ゲルマン語の名Walaricから派生した名称である。

歴史[編集]

アミアン司教聖人記によれば、クロタール2世はかつてのガロ=ローマ領Leuconeを聖ヴァレリー(fr)に授けた。Leuconeは11世紀までキリスト教巡礼地だった。

981年、ユーグ・カペーは聖ヴァレリーの聖遺物を奪うためブランクタク砦を通過した。中世都市としてのサン=ヴァレリー=シュル=ソンムは、聖ヴァレリーの教会周辺にこの時期に生まれたと見られている。ルーアンからブローニュ=シュル=メールへ至る道上にある地理的位置から、重要な通過地点だった。ノルマンディー公ギヨーム(イングランドウィリアム1世)は、イングランド征服のため1066年にこの港を出港している。サン=ヴァレリーは、今日よりはるかに規模の大きかったクレシーの森から切り出される木材を供給していた。

ユグノー戦争中の1568年、ユグノー派の指揮官コックヴィル率いるユグノー軍がサン=ヴァレリーを征服した。彼は、ピカルディ総督ブリサック伯ティモレオン・ド・コッス軍に敗退した。ユグノー派の生存者はわずか300人であった[2]

サン=ヴァレリーの漁業地区クールガン(Courtgain)は、港へ向かって狭い住宅が立ち並ぶ。海老やニシンを中心に漁を終えた船が戻ると、女たちは魚の塩漬けを缶詰に加工して働いていた。この漁業の風景は現在のサン=ヴァレリーからほとんど失われている。

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Nom des habitants des communes françaises, Habitants.fr. Consulté le 12 juillet 2008
  2. ^ John Lothrop Motley, History of the Netherlands, PG Edition, volume 15. Disponible en ligne [1]. Consulté le 22 février