グスタフ・フィリップ・クロイツ

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グスタフ・フィリップ・クロイツ伯爵

グスタフ・フィリップ・クロイツ(Gustaf Philip Creutz、1731年5月1日 - 1785年10月30日伯爵は、スウェーデン政治家外交官詩人

クロイツはフィンランドアニアーラ(現在はコウヴォラの一部)でカール・クロイツの子として生まれた。クロイツは成人すると、スウェーデンの枢密院に入った。公的な詩人としてのキャリアは10年ほどで閉じ、1763年からはスペイン大使となり、1766年にはパリに派遣されて1783年までフランスの大使となった。1778年には、本国の意向を受けてフランスの植民地を買収しようと働きかけている。その時の要求はトバゴ島だった。しかしこの時はフランスは譲歩せず、1784年になってようやくスウェーデンはフランスからサン・バルテルミー島を譲渡される事となった。

クロイツの外交官としての栄誉は、1783年アメリカ・スウェーデン友好通商条約の締結であった。彼は、スウェーデン王グスタフ3世の命を受けてアメリカ合衆国の大使ベンジャミン・フランクリンと条約締結の署名を行った。この条約締結によって、グスタフ3世から賞賛され伯爵となった。

1784年、クロイツはスウェーデン王立科学アカデミーの会員となったが、その翌年にストックホルムで死去した。クロイツのは牧歌的であったが、同時にフランスの文化や啓蒙思想の影響も受けている。彼の詩人としてのキャリアは、当時としてはそれほど有名ではなかったが、代表作『アティスとカミラ』は彼の良く知られた作品となった。

先代:
Claes Ekeblad
在フランススウェーデン大使
1766-1783
次代:
エリック・マグヌス・スタール・フォン・ホルシュタイン