クリーヴランド公爵

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クリーヴランド公爵(クリーヴランドこうしゃく、: Duke of Cleveland)は、イギリス公爵位の一つ。イングランド北部のクリーヴランドにちなむ。最初に叙爵されたときはイングランド貴族、2度目に叙爵されたときは連合王国貴族であった。現在保持者はいない。

1670年チャールズ2世が自らの愛人であるバーバラ・パーマーに対して叙爵したことに始まる。チャールズ2世は自身とバーバラ・パーマーの間に生まれた私生児チャールズ・フィッツロイが爵位を継承することを特別に認め、1675年に彼をサウサンプトン公爵(Duke of Southampton)・チチェスター伯爵およびニューベリー男爵に叙爵した。

チャールズ・フィッツロイは1709年に母バーバラ・パーマーの死去によって第2代クリーヴランド公爵となった。その息子ウィリアム・フィッツロイはクリーヴランド公爵とサウサンプトン公爵の両方を継承したが息子がおらず、分家のグラフトン公家には爵位の継承が認められなかったため、彼の死去によって空位となった。

1833年にクリーヴランド公爵位はラビィ男爵位を加えて、第3代ダーリントン伯爵であったウィリアム・ヴェーンに対して再度創設された。ウィリアム・ヴェーンはチャールズ・フィッツロイの曾孫であり、1827年クリーヴランド侯爵(Marquess of Cleveland)に叙爵されていた。 ウィリアム・ヴェーンの死後公爵位はその息子達に順に継承されたが、三男ハリー・ポウレットの死去によって再び空位となった。

2005年アメリカの性犯罪者ジョシュア・ガードナーは自らを「第5代クリーヴランド公爵」と詐称した。空位となった爵位が再度創設された場合、代数は初代へと戻される。従って次に誰かがクリーヴランド公爵に叙された場合、「第5代クリーヴランド公爵」ではなく「(3回目に叙爵された)初代クリーヴランド公爵」となる。

クリーヴランド公爵(1670年)[編集]

クリーヴランド公爵(1833年)[編集]