ギュスターヴ・デュシェーヌ・ド・ベルクール
ギュスターヴ・デュシェーヌ・ド・ベルクール(Gustave Duchesne, Prince de Bellecourt、1817–1881)はフランスの外交官で初代駐日フランス領事(後、公使に昇進)。1858年の日仏修好通商条約に基づいて日本に派遣され、1859年から1864年までその職にあった[1]。
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来歴・人物 [編集]
1857年、ベルクールはジャン・バティスト・ルイ・グロ男爵の下、中国派遣フランス外交団の秘書官となった。このとき、アロー戦争に参加している[2]。1858年にはグロ男爵と共に、日仏修好通商条約の交渉のために来日している。
翌1859年、ベルクールは再び日本に派遣される。日本到着は9月6日であり[3]、初代の在日本フランス領事となった[4]。彼の通訳はジラール神父が務めた。
1860年、フランス総領事館として利用していた済海寺の前で、ベルクールの召使が襲われ、重傷を負うという事件があった[5]。
1861年には公使に昇進。幕府に対する姿勢では、英国公使であるラザフォード・オールコックと概ね一致していた。ヘンリー・ヒュースケン殺害事件の後は、抗議のためオールコックと共に一時公使館を江戸から横浜に退去させた[6]。
1863年には、生麦事件の解決交渉に関わることになる[7]。ベラクールは中国における西洋諸国の介入例を見ており、日本との外交においても、武力を使用することに賛成であった。1863年7月20日の、ジョレス提督が率いるフランス海軍による下関砲台攻撃、同年8月のキューパー提督が率いる英国海軍による鹿児島砲撃の何れをも支持している[8]。しかしながら、彼の好戦的な姿勢はフランス本国政府からは批判されることとなった。当時フランスは他の地域で重要な軍事的懸案を抱えており、日本との摩擦は避けたかったのである[9]。
生麦事件の交渉の後、ベルクールは次第に親幕府的な立場をとるようになった。1863年秋に幕府は横浜の鎖港を言い始めたが、各国の公使がこれを拒否する中、ベルクールだけは理解を示し、横浜鎖港談判使節団の派遣を支援した[10]。1864年、ベルクールはその任務を後任のレオン・ロッシュに譲ったが、老中はフランス政府にベルクールの留任を嘆願するほどであった[11]。このため、ロッシュも幕府と親密な関係を築くことができ、フランスは幕府の政策により積極的に関与していくことになる[12][13]。
ベルクールは、その後総領事としてチュニスに派遣された[14]。
その功績により、レジオンドヌール勲章を授賞している[15]。
出版物 [編集]
- La colonie de Saïgon: les agrandissements de la France dans le Bassin du Mekong [5]
脚注 [編集]
- ^ Medzini, p.22
- ^ Correspondence relative to the Earl of Elgin's special missions to China Great Britain. Foreign Office p.99 [1]
- ^ Medzini, p.22
- ^ Polak 2001, p.29
- ^ Satow, p.34-36
- ^ 佐野 p133-145
- ^ Polak, p.92
- ^ Medzini, p.44
- ^ Medzini, p.44
- ^ 西堀 p393
- ^ 西堀 p393
- ^ Polak, p.29
- ^ Papers relating to the foreign relations of the United States United States. Dept. of State p.491 [2]
- ^ Medzini, p.47 [3]
- ^ Base de données Mérimée ministère de la Culture et de la Communication [4]
参考文献 [編集]
- クリスチャン ポラック、『絹と光 ― 知られざる日仏交流100年の歴史』 (江戶時代-1950年代)、婦人画報社、2002. 10-ISBN 4-573-06210-6; 13-ISBN 978-4-573-06210-8; OCLC 50875162、(原著Polak, Christian. (2001). Soie et lumières: L'âge d'or des échanges franco-japonais (des origines aux années 1950). Tokyo: Chambre de Commerce et d'Industrie Française du Japon, )
- アーネスト・サトウ、『一外交官の見た明治維新』(岩波文庫) ISBN 978-4003342510(原著 A Diplomat in Japan, Stone Bridge Classics, ISBN 9781933330167。脚注のページは原著のもの)
- Medzini, Meron French Policy in Japan during the Closing Years of the Tokugawa Regime Harvard University Asia Center 1971, ISBN 0674322304
- アラン コルナイユ、『幕末のフランス外交官 ― 初代駐日公使ベルクール』ミネルヴァ書房、2008年、ISBN 462305182X
- 西堀昭『初代フランス特命全権公使ギュスターヴ・デュシェーヌ・ド・ベルクールについて(1)』横浜国立大学・横浜経営研究13巻4号(1993)、P357-365
- 西堀昭『初代フランス特命全権公使ギュスターヴ・デュシェーヌ・ド・ベルクールについて(2)』横浜国立大学・横浜経営研究14巻4号(1994)、P389-397
- 佐野真由子 『オールコックの江戸』 中公新書、2004年。ISBN 978-4121017109