カチューシャ

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カチューシャロシア語: Катюша英語:katyusha)は、ロシアなどによく見られる女性名、イェカティェリーナ(イカティリーナ、エカテリーナ、エカチェリーナ;Екатеринаイカチリーナ)の愛称形(短縮形)である。「イェカティェリーナさん」という程度の意味からより親しげな呼びかけまでニュアンスには幅がある。一方、短縮形を嫌うロシア人も、インテリ層を中心に存在する。なお、イェカチェリーナの愛称形には、他にカーチャ(Катя)などもあるが、ロシア語等の名前には「愛称形」などと称される派生名が無数にあるため、ここですべてを列挙することはできない。

[編集] 小説

日本においてカチューシャと呼ばれる最も有名な女性は、トルストイの長編小説『復活』の主人公であろう。日本では、1914年(大正3年)3月から劇団芸術座松井須磨子主演で、帝国劇場をはじめ国内各地において公演し、人気を博した。また、松井須磨子の歌った劇中歌『カチューシャの唄』(作詞: 島村抱月相馬御風、作曲: 中山晋平)は、日本中で大流行した。

[編集] 装身具

日本ではC字型のヘアバンドが一般に「カチューシャ」と呼ばれている。 大正時代に大流行した前述の松井須磨子が演じた『復活』の主人公・カチューシャに因むが、劇中で須磨子がそのようなものを着けていたわけではなく、単にカチューシャ人気にあやかった商品名が起源である。この商品名はもともとは登録商標であったが、後に一般名詞化した。したがって日本固有の呼称である。

詳細はヘアバンドを参照。

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さらに、世界的に有名な『カチューシャ』と題するロシアの歌がある。ミハイル・イサコフスキーМихаил Исаковский)作詞、マトヴェーイ・ブランテル(Матвей Блантер)作曲(1938年11月)。『カリンカ』や『トロイカ』などとともに、ロシア民謡を代表する歌曲として挙げられることが多い。ただし、この「民謡」というのはロシア語の「народная песняナロードナヤ・ピェースニャ)」、「大衆歌謡」と呼ばれるものを誤訳したもので、一般に「ロシア民謡」と呼ばれているものの多くは厳密に「民謡」ではない。これは、ソ連の歌のジャンルのひとつであり、ソ連時代の「ポピュラー・ソング」のことである。

イサコーフスキィが作詞した歌詞は、元々1930年代のソ連,モンゴル満州国との遥か極東の国境警備にあたっている若い兵士への、故郷の恋人カチューシャが想う恋愛歌であった。しかし折しも対独戦が開始され戦時流行歌として戦場の兵士に広く愛され歌われた結果、「○○のカチューシャ」といった替え歌が多く生まれることとなり、「女性兵士カチューシャ」や「看護兵カチューシャ」など、亜種が多様に歌われる様になる。前線兵士の即興や、従軍記者の詩(青いプラトークは実際には従軍記者の詩が広まった)がこれらを生む背景であった。一部日本語文献に戦時中に作詞曲されたと指摘するものが散見されるが、これは1944年の「カチューシャの歌(ロシア語: Песня про Катюшу)」もしくはコスモデミンスカヤを歌った「ゾーヤの歌(ロシア語: Песня о Зое)」等戦時中に作られた曲との混同が考えられ得る。

また、第二次世界大戦中に、この歌にちなんで名づけられたと伝えられる、ソ連の兵器がある。その詳細は、カチューシャ (兵器)を参照。

なお、歌の『カチューシャ』の方も実は最初から兵器としてのカチューシャを歌ったものである、という説があり、エスペラント語でもその意味で訳されている。仮にロケット砲のこととして歌を解釈すると、「林檎と梨の花咲き乱れ、川面に霧立ち込める高き岸辺に、カチューシャ・ロケット砲がやって来た」(1番歌詞直訳)というような意味の歌となり、現実離れしている。2番以降はさらにシュールな歌詞となり歌詞自体の解釈が破綻する為、最初からそうであるとする説には従い得ない。

しかし、ロシア関係者の間ではそのシュールさを逆手にとって、内輪の冗談としてこの訳が使われることもある。カチューシャには上記の通り多くの替え歌があるので、「ロケット砲カチューシャ」版の訳もそのような替え歌のひとつとして後に生まれたと看做す方が自然ではある。

また、国民の団結が歌われた戦時下に流行した誰もが知っている歌として、この曲はソ連時代では共産主義を褒め称えるという政治的な意味合いを付加されて歌われた事もあり、モスクワの各駅の発車メロディがカチューシャであった事も非常によく知られていた。ロシア連邦の今でもカチューシャはロシア人の心の歌の一つである。

日本では、戦後「歌声喫茶」などで歌われる定番ソングとなり、現代でも「ロシアの歌(曲)」と問われた時に、カチューシャやトロイカ、カリンカ等を挙げる人が多い。 また、千葉ロッテマリーンズ松本尚樹選手に始まり西岡剛選手の応援歌としても使われている。