イヴァン・ミチューリン

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イヴァン・ヴラジーミロヴィッチ・ミチューリン
Ива́н Влади́мирович Мичу́рин
生誕 1855年10月27日
(ユリウス暦では同年10月15日)
死没 1935年6月7日
職業 生物学者
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イヴァン・ヴラジーミロヴィッチ・ミチューリン(Ivan Vladimirovich Michurin、1855年10月27日ユリウス暦10月15日) - 1935年6月7日)は、果樹品種改良を科学的に行なったロシア生物学者

業績[編集]

園芸家の家に生まれ、独学で園芸を学んだのち品種改良の研究に従った。革命後新政府に認められ、国家に援助を受けて全国の果樹品種改良を指導した。その理論は、「環境による生物の変化は遺伝する」というトロフィム・ルイセンコの学説の基礎となるものである。コズロフに住んで、新しい品種をつぎつぎにつくったので、「コズロフの魔術師」といわれた。

関連項目[編集]