イルキルシュ=グラフェンスタデン

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Illkirch-Graffenstaden
Blason Illkirch-Graffenstaden 67.svg
Mairie Illkirch.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) アルザス地域圏Flag of Alsace.svg
(département) バ=ラン県Blason département fr Bas-Rhin.svg
(arrondissement) ストラスブール=カンパーニュ郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 67218u
郵便番号 67400
市長任期 ジャック・ビゴ
2008年-2014年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté urbaine de Strasbourg
人口動態
人口 26,829人
2007年
人口密度 1208人/km²
住民の呼称 Illkirchois(es)
地理
座標 北緯48度31分32秒 東経7度42分55秒 / 北緯48.52555556度 東経7.71527778度 / 48.52555556; 7.71527778座標: 北緯48度31分32秒 東経7度42分55秒 / 北緯48.52555556度 東経7.71527778度 / 48.52555556; 7.71527778
標高 平均:m
最低:139 m
最高:146 m
面積 22.21km² (2 221ha)
Illkirch-Graffenstadenの位置
Illkirch-Graffenstaden
公式サイト mairie-illkirch-graffenstaden.fr
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イルキルシュ=グラフェンスタデンIllkirch-Graffenstaden)は、フランスアルザス地域圏バ=ラン県の都市。

正式にはイルキルシュとグラフェンスタデンは別々の村落であった。1871年から1918年までドイツ帝国に併合されていた。

地理[編集]

イルキルシュはストラスブールの南郊外に位置する。イル川コミューンを横断し、ストラスブールでライン川に合流する。コミューンの多くやその郊外は採石場となってきた。コミューンの南北をローヌ・オー・ラン運河が通じている。

交通[編集]

  • 鉄道 - TERアルザス、グラファンスタデン駅

歴史[編集]

イルキルシュ=グラフェンスタデンは、フランク王国時代につくられた。正確な時期についてはいまだ不明である。Ellofanum(720年)、Illechilechen(826年)、Illenkirche(845年)、Illekiriche(920年)、Illachirecha(1163年)、Illenkirchen(1172年)と、地名表記が変化していき、現在のIllkirchに固定された。コミューンの名は、イル川のほとりにできた教会(ドイツ語でkirch)に由来する。グラファンスタデンはイルキルシュ村に近接していた。経済的理由から、2つの村は統合された。

第一次世界大戦後のイルキルシュの基幹産業は、ソシエテ・アルザシエンヌ・ド・コンストリュクシオン・メカニーク社(fr)による機械および自動車部品製造であった。現在この産業はすたれ、サービス業が主流となっている。

1940年から1944年までアルザスを占領したナチス・ドイツが、ローヌ・オー・ラン運河沿いにブンカーを築き、現在も残っている。

ストラスブール大学に属する校舎、研究所がイルキルシュ・キャンパスにある。

経済[編集]

イルキルシュには、バイオテクノロジーや情報工学を専門としたテクノポール(テクノポリス)がある。