アーロン・ローザンド

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アーロン・ローザンドAaron Rosand1927年 - )はアメリカ合衆国ヴァイオリニスト。ロマン派音楽の演奏で知られ、またこんにち忘れられた19世紀のレパートリーを再発掘するのに尽力してきた。インディアナ州出身で父親はポーランド系、母親はロシア系。

3歳で楽才をあらわす。シカゴイザイ門下のレオン・サメティーニに入門。10歳でフレデリック・ストック指揮のシカゴ交響楽団との共演により、メンデルスゾーンの協奏曲を演奏して公式デビューを果たす。フィラデルフィアカーティス音楽院エフレム・ジンバリストに師事。1948年に21歳でニューヨーク・デビューを成功させる。その後はヨーロッパアジアでも精力的に演奏旅行を行う。

ニューヨーククリーヴランドピッツバーグヒューストンロンドンパリミュンヘンローマウィーンブリュッセル東京など主要都市のオーケストラと演奏・録音活動を行うほか、ワシントン・ナショナル交響楽団バイエルン放送交響楽団イギリス室内管弦楽団ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とも共演している。2002年フィラデルフィアにおいて、生誕75周年記念演奏会でシベリウスの協奏曲を演奏。2003年には、ミルズ大学音楽学部に自らの名を冠した基金を設立した。

メンデルスゾーンチャイコフスキーヴィエニャフスキの協奏曲ならびに協奏的作品を得意とするほか、ヨーゼフ・ヨアヒムの「ハンガリー風協奏曲」、バンジャマン・ゴダールの「ロマンティック協奏曲」、イェネー・フバイの「ヴァイオリン協奏曲 第3番」、フランツ・レハールの「ハンガリー幻想曲」など、珍しいレパートリーを発掘しただけでなく、真摯な姿勢でこれらの録音に取り組み、その復活に尽くした[要出典]

演奏活動のかたわら、ボルチモアのピーボディー音楽学校やマンハッタンのマネス音楽学校、ザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミー夏期講習、ニース音楽学校夏期講座などで教鞭を執ってきた。現在は母校カーティス音楽院ヴァイオリン科教授。日本では、吉田恭子の恩師として知られる。現在も世界各地を精力的に飛び回って演奏活動と教育活動に意欲的に取り組んでいる。1981年を皮切りに、最近では2002年2005年にはソリストとして、2004年には公開レッスン特別講師として来日している。