アンドレーアス・ロンベルク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| クラシック音楽 |
|---|
![]() |
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 フルート協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
アンドレーアス・ヤーコプ・ロンベルク(Andreas Jakob Romberg, 1767年4月27日 - 1821年11月10日)は、ドイツのヴァイオリニスト、作曲家。
[編集] 生涯
アンドレーアス・ロンベルクはドイツ・ミュンスターのフェヒタ(Vechta)に生まれた。音楽家の父親からヴァイオリンを習い、6歳で初めて公衆の前で演奏を行った。同い年の従兄弟で、兄弟同然に育てられたベルンハルトと共にアンドレーアスはヨーロッパを旅したほか、ミュンスターの宮廷オーケストラにも参加している。後の1790年にはボンの選帝侯宮廷オーケストラにベルンハルトと共に参加し、ここでベートーヴェンと出会っている(この時期の活動についてはベルンハルト・ロンベルクの項も参照)。アンドレーアスは1793年に戦争による混乱のためハンブルクへ移り、ハンブルク・オペラ管弦楽団(Hamburg Opera Orchestra)に参加した。アンドレーアスの最初のオペラ作品『からす』(Der Rabe)はこの地で初演された。彼はまた、独自の設定を施した『メサイア』(Der Messias)も作曲した。
一時期パリで過ごした後、アンドレーアスはハンブルクに定住し、ここで彼は都市の音楽的活動の中心となっていった。1815年、彼はルイ・シュポーアの後継者としてテューリンゲン州ゴータ(Gotha)の公爵の宮廷音楽監督に就任した。アンドレーアスはこの地で1821年に没した。
