アバ・ラーナー

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アバ・ラーナー
ポストケインジアン経済学
生誕 1903年10月28日
ロシア帝国ベッサラビア
死没 1982年10月27日(78歳)
フロリダ州Tallahassee
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究分野 マクロ経済学国際経済学
母校 LSE
影響を
受けた人物
フリードリヒ・ハイエク
ジョン・メイナード・ケインズ
ポール・サミュエルソン
論敵 ミルトン・フリードマン
バリー・ゴールドウォーター
実績 マーシャル=ラーナー条件
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アバ・ラーナー(Abba Ptachya Lerner、1903年10月28日 - 1982年10月27日)は、ロシアのベッサラビアで生まれ、イギリスで教育を受けたあと教え始めたが、1939年からはアメリカ合衆国に移住して活躍した経済学者。ケインズ主義経済学者であるといえる。

略歴[編集]

  • 1903年 ロシアのベッサラビアで生まれた。
  • 3歳のときに家族でロンドンに移住し、イースト・エンドで育つ。
  • 16歳から機械工やヘブライ語学校の教師などをして働くようになる。
  • 1929年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE)に入学。
  • 1933年 『レビュー・オブ・エコノミック・スタディーズ』の創刊に力を貸し、1937年まで共同編集を続けた。
  • 1935年 LSEで教え始めると同時に、半年の間ケンブリッジ大学で過ごす。ジョン・メイナード・ケインズと知り合い、ケインズ主義経済学に転向。
  • 1939年 アメリカに移住し、以後、多くの大学で過ごす(1か所に2~3年以上とどまることは滅多になかった)。
  • 1943年 LSEから博士号を得る。
  • 1944年 彼の最も有名な著書『統制の経済学』を出版。
  • 1950年代 イスラエル政府の相談役を務める。
  • 1966年 アメリカ経済学会の特別研究員となる。
  • 1975年 H・ベンシャールと共に『効率と成長の経済学』を出版。
  • 1980年 太平洋経済学会の会長となる。
  • 1982年 フロリダ州Tallahasseにて死去(78歳)。

業績[編集]

  • マーシャル=ラーナー条件
通貨安によって貿易収支が改善するためには、輸入と輸出の価格弾性値の合計が1よりも大きくなければならないという条件。価格弾力性とは、価格が1%上がったときに売れ行きが何%悪くなるのかを表す指標。価格弾力性が低い(=マーシャル=ラーナー条件を満たしていない)と、為替レートの調整を行っても貿易収支の改善は期待できない。

著書[編集]

単著[編集]

  • The Economics of Control: Principles of Welfare Economics, (Macmillan, 1944).
  • Economics of Employment, (McGraw-Hill, 1951).
  • Essays in Economic Analysis, (Macmillan, 1953).
  • Everybody's Business, (Michigan State University Press, 1961).
  • Flation: Not Inflation of Prices, Not Deflation of Jobs: What You Always Wanted to Know about Inflation, Depression, and the Dollar, (Quadrangle books, 1972).
  • Selected Economic Writings of Abba P. Lerner, (New York University Press, 1983).

共著[編集]

  • The Economics of Efficiency and Growth: Lessons from Israel and the West Bank, with Haim Ben-Shahar, (Ballinger Pub. Co., 1975).
  • MAP: A Market Anti-Inflation Plan, with David C. Colander, (Harcourt Brace Jovanovich, 1980).

共編著[編集]

  • Planning and Paying for Full Employment, co-edited with Frank D. Graham, (Princeton University Press, 1946).

外部リンク[編集]